制約の中で磨かれてきた”ゲームサウンド”ならではの進化──スーパースィープ・細江慎治×安藤武博 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第2回・前編】
ゲームを語るうえで欠かすことのできないもの……それは“音楽”。これまで数々の名曲ゲームサウンドが、プレイヤーに大きな感動を与えてきたことは誰もが認めるところだろう。ここでは、そんなゲームサウンドを生み出すサウンドコンポーザーたちの生の声を、音楽をテーマに取り上げたiPod向けのゲーム『ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律』やヘビーメタルをテーマにしたバラエティ番組『ヘビメタさん』などをプロデュースし、自身も私生活でバンド活動を行っているゲームDJの安藤武博が切り取っていく。
今回お話をおうかがいするのは、80年代から90年代にかけてナムコ(現・バンダイナムコエンタテインメント)に所属し、『ドラゴンスピリット』や『リッジレーサー』のサウンドを担当したことで一躍ゲームミュージック界を代表するコンポーザーとなった細江慎治氏。アリカ所属を経て現在はスーパースィープ代表を務める傍ら、サウンドコンポーザーとしても第一線でも活躍中。前編では、細江慎治流サウンドメイクの秘密に迫る!
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細江慎治氏(写真左)(写真左)

サウンド制作会社・スーパースィープの代表取締役。ナムコ在籍時代に『ドラゴンスピリット』でサウンドコンポーザーデビューを果たし、以降も『リッジレーサー』シリーズ、『ストリートファイターEX』シリーズ、『TGM』などのサウンドを手掛けている。


■『ドラゴンスピリット』の頃に作曲を始めて、曲を作りながら作風が変化していった

安藤武博(以下、安藤):今日はよろしくお願いします! 私は細江さんのイメージと言うと『ドラゴンスピリット』や『ドラゴンセイバー』、『オーダイン』なんです。遊んでいたのは僕が小学生から中学生にかけての頃でした。

細江慎治氏(以下、細江):世代を感じますね(笑)。

安藤:私もゲーム制作を始めて今年で20年になるんです。そんな私が子供の頃に影響を受けた作品を作っていた方が、今も第一線で活動されているのはすごい。ちなみに、今回の対談直前までずっと細江さんの作られた音楽を聴いていたんです。特に最近作られたアニメの劇伴は聴いたことがなかったので、改めて聴いてみました。

細江:ありがとうございます。

安藤:仕事中や打ち合わせの時とかも、細江さんが作られた楽曲をランダムに流して「細江さんの音楽って何なんだろうな」って思いながら聴いていました。来客があった時にもずっとオフィスで流していたんですが、ほとんどの方の率直な感想が「これ、全部同じ人が作った曲なの?」って言うんですね。それだけ細江さんの楽曲がバラエティに富んでいるってことなんだと思います。

細江:なるほど。

安藤:そうは言っても、何か軸みたいなものがあるんじゃないかと思いながら聴き続けていて。ひとつ出た結論として、普通なら二律背反するようなものが細江さんの中に同居してるのではないか……と思い至りました。なので、今日はそのあたりの話をぜひ聞いてみたいと思います。

細江:面白そうですね。よろしくお願いします!

安藤:では、まず『ドラスピ』について。では使える音色も出せる音数も少ない中で、メロディが印象的な音楽を作られていますよね。でも『リッジレーサー』以降はリズムが押し進められてきた。対談前にも「ROTTERDAM NATION(※1)」を聴きながら、「この曲をゲーム中で初めて聴いた時のこと覚えてるなあ」って思ったんです。「ROTTERDAM NATION」と『ドラゴンセイバー』の曲を同じ人が作ったってことを当時は気付きもしませんでした。

(※1)ROTTERDAM NATION……『リッジレーサー』の1作目に収録されている、レース中のBGMとして選択できる曲のうちの1曲。

細江:(笑)。

安藤:私は音楽の世界では、旋律を極めるメロディサイドにいる人と、偏執的にリズムを作ることにこだわるリズムサイドにいる人の住み分けができていると考えていて。細江さんはその両方の属性をお持ちで、これはすごいことだと思うんです。そういったことを時代やオファーに応じて意図的にやられていることってありますか?

細江:最初にサウンドを担当した『ドラゴンスピリット』の頃って、自分自身が作曲をし始めた時期でもあるので、曲を作りながらもどんどん変化していった時期だったんですよね。

安藤:なるほど。ちなみに音楽活動はされてたんですか?

細江:バンド活動をしていたくらいですね。パートはキーボードやベースを担当していました。まぁ、コピーバンドだったんですけど。なので漠然と曲は作れるものだろうなと思ってはいたんですよね。
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安藤:今でこそ、細江さんはガバ(※2)の印象が強いんですけど、『ドラスピ』や『ドラセイ』の曲を聴いていると、ヘビーメタルにあるドラマティックさも感じるんですよね。メタルバンドもやられたのかなって思ったくらい(笑)。80年代の音楽シーンは特殊で面白かった。ニューウェーブと並行してヘビーメタルが流行ったり。

(※2)ガバ……高速で暴力的なテクノミュージック。ハードコアテクノとも呼ばれる。

細江:自分たちの時代で言うとまずはフュージョンがあって、そこからテクノポップの流れが来て。で、テクノポップとニューウェーブが来たあたりでごちゃ混ぜになったんですよ。YMOのようなテクノポップバンドもあれば、クラフトワークもテクノポップって言っていたり。あとP-MODELとかPLASTICSみたいに、ちょっと違ったものまで全部テクノポップって言われていたり。そういうのを全部まとめて聴いていたせいもあるのかなって思いますね。

安藤:細江さんの作るゲームミュージックも特徴的です。ジャンルがいろいろ混ざっていますよね。

細江:作風ってわけでもないんですけど、曲作りのセオリーみたいなものが固まってきて、『F/A』とか『リッジレーサー』の頃まで順調に続いてきたんですよ。ちなみに『F/A』の頃にハードコアテクノとかの音楽に初めて触れたんですが、最初は雑音にしか聴こえなかったんですよね。

安藤:私も最初は「凶暴な音楽」という印象を抱いていました。

細江:でも、ずっと聴いてるうちに「この音楽、面白いじゃないか」って感じてきて。一気にハマっていって、そこで「全部変えちゃおう」と思ったんです。今まで自分の音楽を聴いてきた人を裏切ることになっちゃうけど、それはそれで面白いかなって。

安藤:では、ご自身の中で、ここから変えていくぞっていうくらいの固定観念みたいな決意が、『F/A』以降に起こったということですね。

細江:ええ。

安藤:その一方で、『Fate/EXTRA』の曲や『Ragnarok Online』のアレンジ曲とか、RPGの楽曲を作られるときは、細江さんの楽曲は一転してリズムよりもメロディと切なさに回帰するんですよね。明るいメロディでも、必ず切なさが忍び寄っているのも二律背反していると思います。明るさと悲壮さが並行するところは、メロディとリズムが並行してるところと合わせて面白いなと感嘆しました。

■フュージョン系とテクノ系では曲作りの方法が全然違う

細江:じつは『リッジレーサー』以降、テクノ系の楽曲制作のオファーが多くなったんです。でも、ナムコを辞めたあたりで一回サウンドの方向を戻そうっていう話を仲間内でしまして。『ストリートファイターEX』を作る時に、一回全部元通りに直そうって。

安藤:それは、『ドラスピ』とかのフュージョンサウンドの頃のテイストに戻るということですか?

細江:そうですね。でも、結局テクノ系のオファーは続いたもので。そこから混ざっていっちゃったっていう(笑)。

安藤:初期の頃とガバみたいな音楽をやられる時の作曲方法って、何かアプローチの方法は違うんでしょうか?

細江:まったく違いますね。フュージョンが基礎にある曲はコード感やメロディが先にあって作っていくので。特に、1つのモチーフを使い回すタイプのゲームの場合は、たった2小節とか4小節のメロディをすごい時間かけて作ります。ガバ系になると、いいネタを見つけるところがスタートラインという感じです。
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安藤:モチーフが印象的だとプレイヤーの脳裏に刻み込まれますもんね。ガバ系のいいネタというのはサンプリング音やスネアとかキック(※3)の一音一音のことですか?

(※3)キック……ドラムのバスドラムのこと。

細江 そうですね。ガバにしてもいいキックが鳴ってくれないと、ノリが全然うまくいかないですし。

安藤:細江さんの作るテクノとかガバ系の音楽は、バスドラムの音がすごく攻撃的で歪んだ音という特徴があるから、キックの音がイケてないと楽曲としてイケてるものにはならない。だからこそ、音を探していくっていうことですね。ちなみに、サンプリングされるってことはいろんなところから音を聴いて拾っていくってことですか?

細江:最近は自分の中でライブラリ化したものとかから使ったりしますね。あと、今はキックもシンセサイズできるようになったので、探すより自分で作っちゃったほうが早いこともあります。

安藤:昔はDJみたいな感じでいろいろな音源を探したりしましたよね。

細江:僕らの頃は素材CDとかも売ってましたからね。そういった素材音源を何でもかんでも歪ませてみたりとか。「ROTTERDAM NATION」での逆再生のアイデアなんかもそうですね。

安藤:ちなみに、『オーダイン』の曲をサイボーグかおりっていうヒューマンビートボクサー(※4)と聴いていたんですけど。その子が「キュイイ~ン」っていうディストーションギターみたいなシンセ音を聴いた瞬間、「私は怖くてこの音は使えない」って言ったんです。理由を聞いたら「使い方を失敗したら不快な音になるギリギリのところにある音だから」だとのことで、妙に納得しました。

細江さんの音楽は情報量の多い曲もあるのに、爆音で聴いていてもあまり疲れないんですよね。不快になるスレスレに存在するサウンドメイクでありながらも、プレイヤーやリスナーに負担をかけない。これはものすごいことだと思います。これは細江さんが音作りを意識したうえでの計算で成り立っているのか、それとも感覚的にチョイスしたらその音が好きだったのか、いったいどちらなのでしょう?

(※4)ヒューマンビートボクサー……人間の発生器官のみで音楽を作り上げるアーティスト。

細江:その辺はたぶん、偶然のほうが大きいですね。元々アーケードゲームのサウンドを作っていたので、うるさい環境でいかに音として耳に入ってくるかを重視していた部分はありますけど。

安藤:中域がなくて低域とリズムがドーンってくる音楽と、高域で刺さってくるメロディの音楽とで分かれているのが特徴だと思ったのですが、そういう理由だったんですね。サウンドメイクにおいて、中域をすっ飛ばすなんてありえないと思っていたのですが、当時のアーケードゲームはうるさい環境でもしっかりと聴こえるサウンドが要求されていた。だからこそのメリハリ。

細江:ええ。それでもさらに昔のPSGサウンドには負けちゃうんですけど……。昔のゲーセンって本当にやかましかったんですよね。ある程度年代が進むと店内のBGMが流れるくらい静かになっていきましたけど。

安藤:当時のうるさいゲーセンで音やリズムを目立たせるには過激なサウンドメイクになるんだなというのはよくわかりました。話は少し戻りますが、ガバ以降のBPMの超速い曲では化学実験みたいことをされていますよね。

打ち込み時に更にMIDIのベースを貼ってみたり、音を抜いたら面白いフレーズが偶然できたっていうくらい予測不能なリズムになっていて、聴いていてハッとすることがあるんです。これは偶然と計算のどっちなんですか?

細江:ツールとして、MIDIシーケンサーって使っていないんですよ。いわゆるMODに似たテキストで記述する書式でずっと書いてるんです。なので、きっちりしたサウンドが作りやすいんです。指定を1個間違えるとグチャグチャになるんですけど、そこで違う音も鳴りますし。

安藤:MODに似たエディターでプログラマブルに打ち込まれてる時に、規則的なものが変化して生まれることがあるってことですか?

細江:そういう側面はありますね。使っているツールで簡単な計算が出来たり、ランダムが発生できたり、プログラム的なこともできたりするのでそういうところから自動的に生成されたサウンドとかもありますし。
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安藤:おもしろい! 作曲のメソッドとしては独特ですよね。ゲームのサウンド制作ならではだなっていう気もします。

細江:ゲーム基板には、波形の容量にも限りがありますからね。あと、当時の話で言うと、ナムコのアーケ-ド基盤って逆再生ができたんですよ。いろいろなものを逆にかけられるので、いろいろ試してみて、使えるところを切り出したりしていました。『F/A』の時は波形がすごく小さかったので、バンクを丸ごと読み出して、ループしてるだけっていう雑に鳴らしているものもあったりします(笑)。

安藤:逆再生音源と言うと、先ほどお話に出た「ROTTERDAM NATION」にもそのバージョンが存在しますよね。「逆に回してみて面白ければ使ってしまえ!」という妙がある。それによって得も言われぬワイルドさが出る。「ROTTERDAM NATION」は『太鼓の達人』にも収録されていますが、あの曲のリズムは暴れ太鼓感やお祭り感があるので、『太鼓の達人』のゲーム性と相性がすごくいい。祭り太鼓の人のテンションが高まった時に、基礎から外れたリズムを打ち出す感じがある。

こうして過去に作った曲を古巣のスタッフによって別のゲームに収録される機会は少なくないと思うんですけど、細江さん的にはどんな印象を抱くものなのでしょう?

細江:とても嬉しいことですよ。意外なアレンジに変わっていたりもするので、自分としても面白いですし。元々「ROTTERDAM NATION」って子供受けする曲なんですよ。そういう意味でも、『太鼓の達人』にはマッチするのかなと思います。

安藤:「ROTTERDAM NATION」を作曲された時に、日本のお祭りみたいなものをイメージされていたりします?

細江:正直、それはなかったですね。

安藤:『太鼓の達人』で使用されているのを見ちゃった後だからかもしれませんが、聴くと祭囃子みたいに聞こえる部分があります。

細江:そうかもしれませんね。人によっては「この曲はお神楽みたいだね」とか言われたこともありました。

安藤:私自身がゲームプロデューサーとしてコンポーザーの方に音楽をお願いする時に、オーダーすることが2つあるんです。ひとつは「どういうアプローチでもいいからドラマチックにしてください」ということ。私が手掛けるゲームはRPGが多くて、必然的にバトルのシーンが多いので、オペラでもリズムワークを使っても、メタルでもクラシックでもなんでもいいから、とにかく大げさに、劇的な音楽にしてくださいとお願いします。

細江:なるほど。

安藤:もうひとつは「複雑な変拍子を使ってもいいので、鼻歌で歌えるようにしてください」というお願いです。リテイクを出すときも「もうちょっと大げさにしてください」とか「良かったけど、聴いた後に電車の中で思い出せなかったので鼻歌で歌えるようにしてください」という要望になるんです。そのほうが結果的にいい音楽に仕上がる手ごたえがあります。「ROTTERDAM NATION」は鼻歌で歌える曲なんですよね!

細江:ええ? 歌えますかね!?(笑)

安藤:歌えますよ、サンプリングのところも含めて。ニコニコ動画にアップされている「ROTTERDAM NATION」の動画では、サンプリングのところで替え歌や空耳の投稿がバンバン流れているのを見かけるのも、その証明だと思います。

細江:そういう意味では後期というか、近年依頼があって曲を作る時は、空耳を狙って作ることはありますね。「こうやっておくと、ニコニコ動画で流れるかな」とか、意識している部分はあります。
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安藤:やはり! 戦略的に考えておられるんですね。素材を料理してるとき、切り方とループによって当然、再生した時の音は変わる。それをいっぱい試してみて、「これは空耳に聴こえるな」と思えるものを見つけていくわけですか?

細江:そうなりますね。

安藤:アップされた動画を楽しんでいる人たちは、その細江さんの戦略に見事にハマっているわけですね(笑)。では、曲のドラマチックさで言うとどうでしょう? 細江さんの曲は激しいBPMの曲の中でも必ず緩急があって、力押しだけではないと思っているんです。

通常のダンスミュージックは1回リズムがはけて、そこからバスドラが倍々になっていって、ブリッジが終わってドーンと盛り上がるってパターンがありますけど、細江さんの場合は普通の楽曲に存在するシーンが突如挿入される場合が結構ある。そこが普通のダンスミュージックと違うなと思って聴いていました。緩急のつけ方とか起承転結みたいなことで言うと、何か気を付けたり意識的にやられているのかなと。

細江:アーケードの頃のクセなんでしょうね。アーケードの楽曲って「何分間でループしないといけない」とか、家庭用のスパンとは違ったセオリーがありましたから。

安藤:インカムの中で美味しいフレーズが来る前にゲームオーバーになったりしないようにっていう意味での制約があったわけですね。

細江:制約っていうか、展開を早くしてどんどん回していかないと、このフレーズや曲はずっと聴かれることがないなっていうのが出てくるんですよ。だから、コンパクトに作るクセができちゃいましたよね。

安藤:スペック的にはたくさん流すことができるけど、美味しいところに行く前に終わられちゃったら嫌だしっていうところですね。いわゆる3分間とか1分半とかの中で、起承転結をつけられるクセみたいなのができた。

細江:そうですね。クラブミュージックみたいに長回ししようと思って作っていっても「このフレーズはいらないな」って感じでどんどん切って短くしちゃったりするんですよ。

安藤:クラブ系のイベントとかに行くと、だいぶ長く同じところをくり返すなと思うことがあります。ゲームの音楽に慣れていると特に思います。ゲーム音楽はハードコアやテクノが単純に入ってきたと思わせておいて、実はコンポーザーによって無駄なぜい肉が切り落とされ、プレイに最適な尺でループするように計算されて作られている。これはゲームサウンドならではの進化だと言えそうです。

(後編に続く)

テキスト:風のイオナ(FLOOR25) ゲームと音楽と旅と自転車が好きな東京在住フリーライター&エディター。最近は地下アイドルグループDORCAのプロデューサー業もやってます。

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