ファミコンにロックの要素を持ち込んだ『女神転生』のサウンド──増子津可燦×安藤武博 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第6回・前編】
『女神転生』でディストーションサウンドをファミコンで再現し、ダークな音楽世界観で多くのゲームファンを魅了した増子津可燦とゲームDJが対談! 前編の今回はテーカン入社のきっかけからアトラスに移籍する話をメインにお届けします。
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増子津可燦さん(写真左)
1982年にテーカン(現・コーエーテクモゲームス)へアルバイト入社し、『アルゴスの戦士』や『スターフォース』などの作曲を手掛ける。1986年には新設されたアトラスに合流。『女神転生』シリーズの作曲を担当したことをきっかけに、広くゲームファンに知られる存在となる。最新作『カリギュラ』ではゲームとアニメ両方で作曲を担当している。
■ゲーセンでバイトしていた時にテーカンの専務に会い、アルバイト入社

安藤武博(以下、安藤):増子さんはゲーム業界に関わられるようになって、もう30年以上が経過しているんですよね。

増子津可燦さん(以下、増子):そうですね。1982年の11月頃にテーカンにサウンド担当としてアルバイト入社したのが最初ですから、35年以上になりますね。

安藤:当時のテーカンは、アーケードゲームをバリバリ開発していた時期ですよね。

増子:入った時はちょうど『SENJO』の開発をしていた時でした。僕が最初に関わったのはメダルゲームの開発で、ビデオゲームでは『ボンジャック』が最初ですね。

安藤:テーカンでアルバイトをするきっかけをお聞きしてもよろしいでしょうか?

増子:当時ゲームセンターでアルバイトをしていたんですが、そのお店にはMZ-80Bのベーシックで組んだバイオリズムのプログラムが設置されていたんです。お客さんに誕生日などを聞いて、その結果をプリントアウトして渡すっていう。そういう呼び込みサービスをやっていました。場所は新宿マイシティの5階だったかな。

安藤:完全に若者のスポットですよね(笑)。
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増子:そうそう(笑)。で、そのゲーセンがテーカンと取引していたんですが、当時テーカンの専務だった原野直也さんが、たまたまお店に遊びに来られていたとき、自分がその対応したんです。

原野さんから「キミはパソコンが使えるのかね」とか「今はどんな勉強をしているの?」と聞かれたから「パソコンはこれくらいなら使えますよ。今はPAとか音響の勉強をしています」と答えました。そうすると「なるほど、ということは作曲ができるんだな!」と、原野さんに勘違いされてしまいまして(笑)。見事、テーカンに入社することになったんです。

安藤:運命的ですね。増子さんは当時から音響の勉強をされていたこともあってか、ニコニコ動画などに立体音響の動画を上げられていますよね。

増子:基本的に音響関係の方が好きなんですよ。原野さんからは「うちはビデオゲームも作っている会社だから、一度オフィスに遊びにおいでよ」と誘われたので、友人と一緒に遊びに行ったんです。テーカンのオフィスでいろいろお話を聞いて、開発中のゲームとかも見せていただいて。

そうそう、その時見せていただいたのが『Au』というリリースされなかった幻のシューティングゲームなんですよね。あとから聞いた話では、『Au』にはゲームフリークの田尻 智さんがアドバイザー的に参加されていたらしいですよ。

安藤:当時の田尻さんはビデオゲームの同人誌を出されていたりして、プレイヤーとして有名だったころですよね。

増子:そうですね。『ゼビウス』が出たあとくらいのころだったかな。当時のテーカンはいろいろな方をオフィスにお呼びしていたみたいで、のちにファミコン必勝本の編集部に入られる平林久和さんも来たことがあったとか。

安藤:テーカンに入ったあとは、いきなり作曲のお仕事を担当されたのでしょうか?

増子:そうですね。1ラインのROMに直接入力装置を使ってデータを打ち込んでいました。そうして焼いたROMを基板に刺して、音を出す……そういう世界でしたね。

安藤:サウンドのバイトと言いながらも、技術的なことをされていたんですね。プログラムの知識はテーカンに入ってから覚えていったのでしょうか?

増子:そうですね。知識的には学生時代にデジタルの教科があって、そこでデジタルの基本を勉強していました。1982年くらいだから、ちょうどYAMAHAのDX-7が出たころです。

安藤:なるほど。FM音源のシンセサイザーが登場して、ベーシックが走るパソコンのブームが始まっていたんですね。
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増子:ええ。学校では選択制でコンピュータの授業もありました。当時最先端のCGデザイナーとして有名だった河口洋一郎さん(※1)の授業もあって、ベーシックでCGを描いたこともありました。

(※1)河口洋一郎さん……CGアーティスト、東京大学大学院 情報学環 教授。1982年にSIGGRAPHで発表した「グロースモデル」が注目されたCGクリエイターの第一人者。

安藤:先ほどのお話しのなかで、最初はメダルゲームに関わったとおっしゃられていましたが、具体的にはどんなタイトルなのでしょう?

増子:タイトルは確か『テレガチャ』で、コインを入れたらルーレットが回って、当たったらメダルが出てくるっていうゲームですね。ルーレットが回っている時のオリジナルBGMとか、効果音を僕が作っています。音源もPSGで2チャンネルしかなくて。音はJUNO-60(※2)を使って作っていましたよ。

(※2)JUNO-60……ローランドのシンセサイザー。6種類のメモリが搭載されており、メモリ内のデータをカセットテープに保存することができた。

安藤:なつかしい! わたしがバンドを始めた90年代前半頃のレンタルスタジオにまだJUNO-60が置いてあった記憶があります。

増子:ローランドのシンセは、当時いろいろなスタジオに置いてありましたからね。シンセ以外だと自分の持ってるギターを会社に持ち込んで曲を作っていました。

■兄の影響で洋楽にハマっていた小~中学生時代

安藤:増子さんはさまざまなゲームの楽曲を作られていますが、わたしのなかで一番印象に残っているゲームが『デジタル・デビル物語 女神転生』なんですよね。

増子:やっぱりそうなんですね。ちなみに安藤さんは最初の『女神転生』をプレイされたとき、何歳だったんですか?

安藤:小学5年生でした。『女神転生』って子どもながらに難しいし怖いゲームでしたよ。とくに回転する床はトラウマものでした。BGMも今でも頭に残っています。わたしは中学生でバンドを始め、ハードロックやヘビーメタルを聴くようになったんですけど、その時に「これって『メガテン』じゃん! 『メガテン』の音楽ってメタルだったんだ!」って気づいて。だから僕にとってのメタル音楽初体験は『女神転生』になるんですよね。
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増子:そうだったんですね(笑)。自分は小さい頃から洋楽ばかり聴いていました。初めて買ったレコードが、ジョージ・ハリスン(※3)の「マイ・スウィート・ロード」とHOT BLOOD(※4)の「ソウルドラキュラ」っていうディスコミュージックの2枚。「ソウルドラキュラ」は『悪魔城ドラキュラ』っぽい雰囲気もある曲ですよ。

(※3)ジョージ・ハリスン……ビートルズのメンバーとしておもにギター、コーラス、ボーカルを担当。ビートルズ解散後はいち早くソロ活動を開始した。
(※4)HOT BLOOD……フランスのスタジオミュージシャンが集まって結成された音楽グループ。1976年にリリースされた代表曲の「ソウルドラキュラ」は、日本で40万枚を超えるヒットを記録し、「奇怪ディスコ」ブームを起こした。

(ここで「ソウルドラキュラ」を実際に聴いてみる)

安藤:ああ、この曲は聴いたことがあります! これが「ソウルドラキュラ」だったんですね。増子さんは当時、小学生くらいだったのでは?

増子:そうですね。小学生か中学生くらいだったかな。当時はFMを中心に聴いていたので、洋楽って言うとまずはロック系があって、ブラコン系(※5)やカーペンターズとかがあって。

(※5)ブラコン系……「ブラック・コンテンポラリー」の略。ソウルミュージックに属する音楽ジャンルとして1970年代後半に登場した。

安藤:当時の小学生や中学生が洋楽を聴くというのは、わりとポピュラーなことだったんでしょうか?

増子:いえいえ、どちらかと言えばマイナーでしたよ。マセてる子が聴いているイメージ(笑)。僕の実家は農家だったんですけど、農作業をしながらビートルズを流してるような環境だったもので。

安藤:それはなかなか新しいですね。ご両親が音楽を流していたのでしょうか?

増子:いえ、兄がFMでエアチェック(※6)した音源を、120分のカセットテープに詰め込んでいまして、それをずっと流していたんです。あとは荒井由実とか、日本のニューミュージックもよく聴いていたかな。

(※6)エアチェック……1970年代に流行した、おもにFMのラジオ番組で流れる楽曲をカセットテープに録音して楽しむ行為。FM情報誌を見て流れる曲を事前にチェックし、お目当ての曲を放送から録音していく。1980年代に入るとレンタルレコードやリクエスト番組が人気になり、衰退していった。

安藤:音楽への入り口としてFMラジオやニューミュージックがあったと。そこからどういう音楽に触れてこられたんですか?
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増子:基本はロック系が多かったですね。ボストン(※7)とか、TOTO(※8)とか好きでした。あとは黒人系のジョージ・デューク(※9)とかバリー・ホワイト(※10)とか。当時のヒットチャートってロックかブラコンかっていう時代でしたからね。

(※7)ボストン……1976年にデビューしたアメリカのロックバンド。2014年には35年振りの来日公演も行われ、2018年現在も活動中。
(※8)TOTO……1976年にデビューしたアメリカのロックバンド。2008年に解散を表明したが、2010年に期間限定での再結成をしたのをきっかけに、来日公演やオリジナルアルバムのリリースをするなど、継続的な活動をしている。
(※9)ジョージ・デューク……1977年にデビューしたジャズやフュージョンなどのジャンルで活動していた歌手。音楽プロデューサーとしても活躍した。2013年死去。
(※10)バリー・ホワイト……1972年にデビューしたアメリカのシンガーソングライター。後にラブ・アンリミテッド・オーケストラを編成し、「愛のテーマ」がヒットした。

安藤:個人的に、とくにハマったアーティストを挙げるとしたら誰になりますか?

増子:そうだなぁ……。ミッシェル・ポルナレフ(※11)もかなり聴いたし、ザ・ベンチャーズ(※12)、ポール・マッカートニー(※13)、ウイングス(※14)、クィーン(※15)とかになりますね。

(※11)ミッシェル・ポルナレフ……フランス出身のシンガーソングライター。「シェリーに口づけ」や「愛の休日」などがヒットした。
(※12)ザ・ベンチャーズ……アメリカのインストロックバンド。2008年にはロックの殿堂入りを果たしている。
(※13)ポール・マッカートニー……ビートルズのメンバーとして、おもにベースを担当した。ビートルズ解散後はソロ活動をしている。
(※14)ウイングス……ポール・マッカートニー、ポールの妻リンダ・マッカートニー、元ムーディー・ブルースのデニー・レインの3人を中心に1971年に結成されたロックバンド。1981年に解散している。
(※15)クィーン……イギリスのロックバンド。フレディ・マーキュリーが所属していたことでも知られている。

安藤:さまざまなサウンドを聴かれていたんですね。わたしが音楽から悪魔的な印象を受けた原点は『女神転生』とブラックサバスなんですよ。おどろおどろしいというか、禍々しいというか。それもあって、増子さんはハードでドゥームな音楽をルーツに持たれていると勝手に思い込んでいたんです。でも、実際は幅広い音楽に触れてこられていたんだなとわかりました。
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増子:あとは映画が好きだったので、それも音楽的ルーツにあるかもしれませんね。ハリウッド映画とかホラー映画は当時よく観ていましたし。初めて一人で観に行った映画は『サスペリア』だったな。

安藤:なぜ『サスペリア』だったんですか?

増子:映画のCMに惹かれたんです。『エクソシスト』なんかもCMの影響が大きかったですし。あと、当時ホラー映画が流行っていたんですよ。『死霊のはらわた』あたりから方向性が違ってきちゃった気がしますけど。

安藤:『サスペリア』の音楽は、確かに「怖い音楽」という印象がありますね。『女神転生』の音楽は、そういったホラー映画のサウンドをイメージしている部分もあったのかもしれませんね。映画の話で気が付いたんですけど、ファミコンで『ラビリンス』という映画が原作のゲームがあって、これも増子さんが音楽を手掛けられていますよね?

増子:『ラビリンス』は徳間書店が日本でのスポンサーだったこともあり、強いコネクションを持っていたんです。それで『ラビリンス』をファミコン化する企画が立ち上がったんですが、当時、徳間書店とアトラスがすごく仲がよかったんですよね。それもあって、アトラスに『ラビリンス』のゲーム化の開発依頼が来たんです。

安藤:そういうことでしたか。

増子:企画の上田和敏さんは、ルーカスフィルムのスタジオまで行って、映画のラッシュ(※16)を観させてもらったりもしていて。社内でみんな「いいなぁ~」って言ってうらやましがっていましたね(笑)。

(※16)ラッシュ……映画用に撮影した未編集状態の映像。

安藤:それはたしかにうらやましい!

増子:その試写室は、砂漠の中でワイヤーで吊るされて空中に浮いている状態なんです。なぜかというと、周りからの振動を一切受けないようにするためだとか。さらに、丸の内ピカデリーよりも大きいスクリーンだったとか、座席も16席しかないとか、上田さんが帰ってきたあとにそういう話を聞かされるもんだから、みんなで「うらやましいうらやましい!!」ってブーブー文句を言って(笑)。

安藤:そもそも、増子さんはなぜテーカンからアトラスに移籍されたんですか? そのきっかけを教えてください。

増子:テーカンは1984年に入ってアトラス移籍が1986年なので、テーカンにいたのは2年くらい。アルバイト時代が1年くらいあるので、実質3年ほど所属していたのかな。アトラス設立のきっかけとしては、テーカン時代に原野さんと上田さんの2人が「ファミコンで儲かるのは今が最後だろう」みたいな話をしていて。

安藤:逆にいえば、ファミコンにはまだ金脈があるぞ! ということですかね。

増子:出せば50万本は売れるって時代から少し過ぎたころだったんですけど、いいゲームを作れば100万本も夢じゃないっていう時期でもありました。実際、アトラスとしての1作目である『銀河伝承』は30万本以上売れていますからね。
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安藤:『銀河伝承』は荻野目洋子さんの主題歌が入ったカセットテープがゲームに付いていましたよね。そういう展開も独特だなと思いました。

増子:『銀河伝承』はメディアミックスをやろうということで、ゲーム、カセットテープ、小説、サントラなどを同時に展開し、それぞれにゲームを解くヒントが隠されているというコンセプトだったんですよ。

安藤:当時としてはかなり野心的な企画ですけど、そういうことが好きなスタッフがいらっしゃったんでしょうか?

増子:ええ。リリース元のイマジニアが特殊な会社で、「会社の役員全員が自分自身の会社を持っている」……そんな方々が集まっていたんです。

安藤:起業家の集団だったんですね。型にはまらず、新しいことを試そうっていうマインドの方たちが集まっていたということでしょうか。

増子:そうですね。なので、会議などでは各自が言いたい放題言って「あとはよろしく!」って感じで。まとめる側としては「どうすんだよ、コレ…」っていうところもありましたね(苦笑)。

安藤:のちにディスクシステムで『中山美穂のトキメキハイスクール』も出ましたし、当時はそういう「アイドルとゲームのコラボ」が流行った時期なのかと思います。でも、イマジニアのメディアミックス企画は、そういうノリの企画とは趣向が違うのかなとお話しを聞いて思いました。イマジニアの企画は「いろいろと思いついたことをやっちゃえばいいじゃん!」という感じですよね。

増子:そうですね。単なるアイドルとのコラボ企画ではなかったです。とにかく役員さんたちが持っているコネクションを使って、あらゆる方向へ広げていく手法でしたから。

荻野目洋子さんに歌っていただいた『銀河伝承』の主題歌「ロマンティック・オデッセイ」は、作曲が伊藤銀次さんでものすごくいい曲だったんですけど、その曲のレコーディングにたまたま事務所の社長さんが来ていて、「この曲すごくいいじゃん!」と気に入り、曲を持っていっちゃったんですよ(笑)。だから『銀河伝承』のサントラに収録されている「ロマンティック・オデッセイ」は、別の方が歌っているんです。
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安藤:そうだったんですね(苦笑)。そして次の『消えたプリンセス』では富田靖子さんが歌っていますね。そこから3作目の『聖剣サイコカリバー』につながっていくという……。今でこそどこでもやっている仕掛けですけど、30年前にこれをやられていたのは革新的。増子さんは今『カリギュラ』でメディアミックス展開している作品に関わられていますけど、30年前から経験済みだったってことですもんね。

増子:まぁ、『カリギュラ』はプロデューサーがやりたいことをやっているだけだと思います(笑)。当時は修羅場もいっぱいありまして、納期に間に合わなくてイマジニアの社長が「どうするんだー!」って乗り込んできたこともありましたよ(笑)。

安藤:まさに修羅場(笑)。当時のアトラスって開発会社っていう位置付けだったと思うんですが、「いつかパブリッシャーになろう」という野心を持ちながら活動していたんですか?

増子:野心は持っていましたよ。ただ、そのころのアトラスには資金力がそれほどなくて。当時のファミコンって、ゲームを作るとき事前に任天堂に制作費全額を前納しないといけなかったんです。1本あたり2000円くらい払わないといけなくて。

安藤:わたしもそういう話を聞いたことがあります。光栄(現・コーエーテクモゲームス)の襟川恵子さんが、小売りの方に「任天堂に前納しないといけないから、代金をまず光栄に振り込んで欲しい」ってお願いしたというエピソードも読みました(笑)。ゲームを1本制作するには、現金で億の単位を持っていないといけない時代だったわけですね。

増子:開発する段階で億はないとダメですからね。5万本作るのに1億円が必要でしたし。

安藤:参入への障壁が高かったので、パートナーを選びながら開発をされていたってことなんですね。ところで、増子さんも含めて当時のアトラスは尖ったセンスの方たちの集まりのような印象があります。

増子:たまたま目立っている方が尖っているっていう部分もあると思いますよ。どっちかというと、企画のトップにいた上田さんが凝り性だったのも理由にあるかな。その代わり納期を守らない……みたいなところもある方でしたが(笑)。

安藤:いわゆる、「クリエイター気質」の方ですね(笑)。

増子:そうはいっても、納期があってこその仕事ですし、社内ではなかなか大変でしたね。『女神転生』はゲーム部分はそうですけど、悪魔合体の組み合わせひとつひとつを全部決めて作ったのも上田さんですし、『デジタル・デビル物語 女神転生II』ではサブゲームの「デビルバスター」をファミコンソフト1本分で出せるクオリティで作っちゃったりとか、破天荒でした。そんなことをしていて、納期が間に合うわけがないんですよね(笑)。

安藤:上田さんも凝り性だったのだと思いますが、それに応えた増子さんの音楽も素晴らしかったと思います。今回、改めて『女神転生I・II』全曲を聴き直したんですけど、1作目の時点ですでに異様な完成度だなと思いました。ちなみに『女神転生』の曲はゲームがある程度完成してから作ったんですか? それとも曲を先行して作っていったんですか?
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増子:どっちのパターンもありました。ダンジョンBGMは6種類作ってね、とおおまかに発注をもらう感じで。当時は任天堂さんを中心に、ファミコン音楽のクオリティがすごく上がっていた時代だったので、色々と参考にしながら作ったりしました。あとは企画のほうから「ここで使う曲は『メトロイド』のあの曲を参考にして作ってほしい!」みたいな要望をもらったりとか(笑)。

安藤:わかりやすい要望もあったんですね(笑)。

増子:ええ、あったんです。じつは『女神転生』の「マズルカ回廊」の曲が3拍子なのは、『メトロイド』に3拍子の曲があったからなんですよね。

安藤:そうだったんですか! 増子さんの曲って初代『女神転生』のころからサウンドメイクが艶っぽくてキラキラしていて、音作りのクオリティが高い。なぜ、このような音を出せたのかをお聞きしたいです。

増子:クラシック系の方たちって「丸い音」を好むんで、三角波を使ってフルートっぽい音を作るとか、好きな周波数帯があるんです。でも、自分はロック系が好きだったんで、ギターのディストーションをどうやって再現しようか……ということになるわけです。そうしたら、すごく低い周波数帯を使えば出せるなってことがわかって。

安藤:やはり、明確に「ディストーションをかける」っていう意識があって、あのサウンドになったんですね。それは思春期を迎えたロック少年たちにビンビンくるわけだ!

増子:あはは(笑)。セブンスとかナインスとかめんどくさいことは抜きにして、とりあえず5度で作っちゃうんです。で、どうしても音の数が足りないので、あとは個人個人の脳内でメジャーに行くかマイナーに行くかを補完してもらえばいいという感じでした。

安藤:『女神転生』は本当に難しいゲームでしたから、3度を抜かれたBGMを聴きながらサキュバスにカンデオンを食らった時は、確かにマイナーに聴こえていたかもしれないです(笑)。当時は容量も少なかったから、曲のループがすごく短かった。増子さんの曲はループが短くても全然飽きないんですよね。

増子:3Dダンジョンのゲームって、遊んでいるとわかると思うんですけど、敵とエンカウントする間隔が短めなんですよね。だったら曲を長くしてもしょうがないなっていう感覚はありました。逆に『ダンジョンエクスプローラー』に関しては、2ループした後に3ループ目にソロフレーズを入れたりして遊んでいましたよ。

安藤:3歩ほど歩いたらエンカウント……扉をくぐったらエンカウント……みたいな感じでしたもんね。増子さんのアプローチはロックだったり、パイプオルガンをイメージした曲もあるんですけど、総じて鼻歌で歌える曲ばかり。わたしは小学生時代、友だち同士で『女神転生』の戦闘曲を鼻歌で歌っていましたから。「デゲデゲデゲデゲ お~や~ま~♪」って感じで、オリジナルの適当な歌詞を付けたりしながら(笑)。じつのところ、戦闘曲はバンドでもカバーしたことがあるくらいなんです。
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増子:そうなんですか(笑)。『女神転生』の戦闘曲はメロディではなくリフなんですよね。戦闘曲は何回も聴くことになる曲だってことで、そこはすごく時間をかけて作りました。

安藤:ディストーションだけじゃなく、キラキラしたアルペジオも印象的なんですよ。そのキラキラ感をどのように出していたのかもお聞きしたいです。

増子:付点のエコーを使った疑似ディレイかな。ちなみにファミコンでディレイを掛けるテクニックを数種類持ってたんです。たとえば、エンベローブだけでディレイをかける方法もあれば、わざと単音を短くしてディレイ成分と組み合わせて作るだとか。

安藤:必殺のディレイレシピをたくさん持っていたってことなんですね。

増子:そうですね。曲によってディレイの付け方を変えたり、この曲のこの部分にはこのディレイを使うとか。単音なのにエンベローブでディレイを付けて、さらに別のディレイをかませて2チャンネルで交互に出力してみたりとか。

安藤:そういったテクニックは、音響の勉強をされていたことが生きたということでしょうか。

増子:いや、どちらかと言うと少ないチャンネルでどれだけ音の厚みを出せるかっていうことばかり考えていました。デチューンを掛けて音の深みを出すとか、わざとデチューンで音が重なるように組み合わせたりとか。

安藤:そういうアプローチは、シンセサイザーがたどってきた歴史なのかなとも思うんですけど、それともまた違うのでしょうか?

増子:サウンドドライバーを自作していたから出来たっていうのもあります。ハード設計自体はテーカン時代に『アルゴスの戦士』でやっていましたし、普通に基板を自作していました。最初に設計図を書いて、ICソケットに線を巻き付けて……みたいな感じです。

安藤:そういうことができるサウンドクリエイターって、ゲーム業界にどれくらいいるんでしょうね。

増子:ほとんどいないでしょうね(笑)。

安藤:楽器のプレイヤーが自分で楽器を作って演奏をしているのと同じ感覚ということですよね。クィーンのブライアン・メイが自宅の暖炉の木を切ってギターを作ったというエピソードと同じというか(笑)。

増子:そうそう! そんな感覚に近いと思います(笑)。

(後編に続く)

後編はコチラ→『女神転生』×『真・女神転生』のサントラ構想を実現するために
CHECK!
■増子津可燦氏最新作『Caligula -カリギュラ』のアニメが放映中!

アニメ『Caligula -カリギュラ』が2018年4月よりTOKYO MX他で放映中! またPS4版『カリギュラ オーバードーズ』が5月17日にリリースされました。アニメとゲーム、両方で『カリギュラ』の世界を楽しもう!

アニメ『Caligula -カリギュラ』公式サイト
http://caligula-anime.com/


ゲーム『Caligula -カリギュラ』公式サイト
http://www.cs.furyu.jp/caligula/


製作中のタイトル
『十三月のふたり姫』キックスターターページ
https://www.kickstarter.com/projects/642344002/japanese-rpg-legends-team-up-new-dark-fantasy-game


「WORK×WORK/ワークワーク」公式サイト
http://www.cs.furyu.jp/workwork/


テキスト:風のイオナ(FLOOR25) ゲームと音楽と旅と自転車が好きな東京在住フリーライター&エディター。最近は地下アイドルグループDORCAのプロデューサー業もやってます。
ツイッターアカウント→風のイオナ@ハイパーいおなぴ@ionadisco