自ら音楽のアプローチに挑んだ『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』──谷岡久美×安藤武博 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第11回・後編】
スクウェア・エニックス時代の中期、谷岡氏は自らの存在を多くのゲームファンに知らしめる『ファイナルファンタジーXI』や『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』を手掛けることになる。対談の後編となる今回は、それらの楽曲制作に加えてフリーランスになったきっかけなどのお話をメインにお届け!
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谷岡久美(写真左)
1998年にスクウェア(現 スクウェア・エニックス)に入社し、『チョコボの不思議なダンジョ2』、『ファイナルファンタジーXI』、『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』などの楽曲を手掛ける。現在はフリーランスとして幅広く作曲活動中で、2015年に『Sky's The Limit』、2017年に『あの日の空と君のうた』と2枚のソロアルバムをリリース。また、音楽ユニットRiquisimoの活動など、アーティスト活動も活発に行っている。

前編はこちら→『ダイスDEチョコボ』のアレンジコンセプトは「楽しければいい!」

■突然会議室に呼ばれて『ファイナルファンタジーXI』の音楽に関わることに

安藤武博(以下、安藤):いくつかのゲーム音楽制作を経ていよいよ『ファイナルファンタジーXI(以下、FF XI)』の音楽に関わられるわけですけど、他作品のサウンド制作も並行で関わりつつ、かなり長い間『FF XI』の曲を作られていたのではないですか?

谷岡久美氏(以下、谷岡):そうですね。『FF XI』はかなりの数の曲を書かせていただきました。『ダイスDEチョコボ』に始まって、『FF XI』の前までは割とお手伝いがメインって感じで。ひとつ前の『ブルーウィングブリッツ』は、曲数的にはそれほどでもなかったですしね。

安藤:『FF XI』はオンラインゲームという特殊さがあるとはいえ、『FF』シリーズのナンバリングタイトルのBGMを手がけられるというのは、ゲームコンポーザーとしてすごいことですよね。

谷岡:さすがに決まったときは驚きました。サントラのライナーノーツでも書いたんですが、突然呼ばれて会議室に行ったら植松さんたちがいて「やるの? やらないの?」って言われて。「は? 何をですか? 『FF XI』ですか? はい? いや、やります」って(笑)。
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安藤:結果的にどうでしたか? 今でもすごく人気のある曲たちが谷岡さんによって生み出されたわけですが。

谷岡:『FF XI』のおかげで私はゲームファンのみなさんに知ってもらえたようなものですから。スクウェアに入ったあとも、まさか『FF』のナンバリングタイトルに関わるとは思っていなかったので。ただ、惜しむらくは私の友だちはMMO・RPGをプレイしない人ばかりだったから、「ずっと『FF』シリーズをプレイしてきたけど、『XI』と『XIV』はやってないから、お前の音楽は聴いてない」などと言われたりしましたね(笑)。

安藤:(笑)。でも『FF XI』のプレイヤーにとって音楽は記憶の奥底まで刷り込まれてますよね。

谷岡:『FF XI』はボス戦の曲であっても何回も聴くことになりますからね。普通のゲームだったらボスに挑んで2~3回目くらいで倒せて終わっちゃうんでしょうけど。あと、私がイベントでピアノを弾くようになったのも『FF XI』のおかげなんです。

安藤:谷岡さんが人前でピアノ演奏をされるのは『FF XI』のイベントが久々だったんですか?

谷岡:久々どころか『FF XI』のイベントまでほぼなかったですね。就職後に母校の合唱団の伴奏程度をしたことはありましたけど、その先はピアノを弾く人生ではないと思っていたので。『FF XI』のイベントを企画しているときに「最後、音楽があったほうが締まらない?」って話になって、バンド編成で演奏することになったんですよね。

面白いのが本番前日のリハ時に「もしアンコールが来たらどうする?」って話になりまして。でも「今から追加曲は仕上げられないから、お前ピアノのソロでなんか弾ける?」って言われまして。「ええ~っ!」て思いつつもピアノソロで演奏したという。今思えば、あれがソロデビューでしたね。

安藤:本番前は、ものすごく練習されたりしたのでしょうか?

谷岡:それが、逆にナメてかかってあんまり練習せずに本番を迎えたので、あのときの演奏は聴き直したくないですね(笑)。そんなにおかしな演奏ではなかったと思うんですけど、今だったらアレンジとかもっと色々できたなあと思っちゃうんですよね。ただ、ユーザーさんたちが目の前にたくさんいる状況で演奏をするというのはすごく新鮮だったのを覚えています。思っていた以上にお客さんも盛り上がってくれてうれしかったですよ。

安藤:『ダイスDEチョコボ』はコミカルでかわいらしい印象がありましたが、『FF XI』は構えが大きくなったというか、一気に壮大な曲が増えましたよね。谷岡さんの曲の特徴はなんなのかなと考えながら聴いていたとき感じたんですが、もうそろそろ次の展開が来るだろうってところでも、焦らすというか、まだ引っ張るところがある。その構成が結果的にすごく長い旅路を冒険しているような気分にさせてくれる。
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谷岡:確かに『FF XI』では、そういうことを意識して曲を作っていました。

安藤:焦らされて、待たされて、気持ちが高まりに高まったところでドーッと一気に上がっていく。そういった曲を何回も聴いていると、プレイヤーにとって忘れられないものになっていくんだろうなと思います。

谷岡:『FF XI』の音楽はずっと聴かれることが大前提だったので、あまり起伏の激しい展開だと疲れちゃうんですよね。たとえばフィールド曲は当たり障りのないようにしつつ、その情景は出したいっていうことで、抑えめでかつ曲が長めになっていたりします。

安藤:長いですよね。各曲5分~6分くらいありますから。プレイした人にとってはすごく大事な曲になっていて、だからこそ今でも『FF XI』の音楽には熱狂的なファンがいるんだろうと思います。

谷岡:歴代の『FF』曲を演奏したりする企画があるときは、必ず「Awakening」も入れてもらえるので、あの曲を作れたのはラッキーでしたね。「Awakening」はボス曲なのに静かなところがあるので、その構成に引っかかる人が多かったみたいなんです。

これはよく言ってるんですが、「Awakening」が最初に書いたバトル曲でありボス曲だったんですよ。ボス曲ってプレイヤー側が「お前を倒してやる!」って曲もあれば、パーティメンバーが戦っている場面をイメージした曲もあると思うんですが、私の場合はボス側が「お前ら許さん!」っていうシチュエーションで作った曲なんですよ。

安藤:ボス目線なんですね! だからカメラ位置も高いような雰囲気があるのかな。見上げるっていうより、見下しているような雰囲気を感じていました。

谷岡:そうですね。「お前ら、俺の愛する人を殺しやがって」みたいな(笑)。ボス側の背景の恨みつらみを全部突っ込んだ曲になっているのですが、それがよかったみたいです。

■特定の地域を連想させない音楽を目指した『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』

安藤:そして『FF XI』のあとに『コード・エイジ コマンダーズ』。サウンドトラックをオフィスで爆音で聴いたら、ものすごくキマりましたね。クセになる突き抜け方です(笑)。

谷岡:耳が痛かったのでは(苦笑)。あれは面白いアレンジをしてくれるマニピュレーターさんが付いてくれたんですよ。だから、全部私がアレンジしたわけじゃないんです。曲の骨組みとアレンジの方向性をマニピュレーターさん伝えて、逆に「じゃあこれはどう?」って返してもらいながら作りました。
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安藤:『コード・エイジ』はちょっと毛色が違うチャレンジ精神に満ちあふれた作品ですよね。谷岡さんのキャリアのなかでも、リズムが激しいこの方向性は珍しいのでは。

谷岡:そうなんですよ。ああいうタイプの曲が得意な人は、私みたいに曲をあまり展開させないし、メロを付けたりもしないんですよ。

安藤:確かにしないですよね。

谷岡:『コード・エイジ』でアプローチしたサウンドは、その方向に特化した人が作ればもっとカッコよく仕上がるんじゃないかなと思いました。私が作った曲はメロドラマっぽい雰囲気のあるリズミカルなダンスミュージックだったので。私にとっては不得手なジャンルでしたが、最終的に私の頭にあるイメージを具現化してくれる人がいたので助かりました。

安藤:『コード・エイジ』がリリースされたころはスクウェア・エニックスが独自のゲームショウを開催していて、そこで『コード・エイジ』のブースにDJブースがありました。自由にミックスしたり爆音で音楽をかけられるっていう。でっかい音で聴けるようになってるのかなって思って今回、爆音で聴いてみたんですけど、やっぱりオススメですね。なんなら仕事もはかどるかもしれない。

谷岡:『コード・エイジ』の波形はもう完全に海苔波形(※1)ですからね。もうギンギンに上げちゃってるんで。サウンドも攻めてましたけど、ゲームの中身も攻めてましたし、みんなが攻めた作品でしたね。

(※1)海苔波形……音圧を上げ過ぎた結果、波形エディター上で海苔を貼ったように隙間なく波形で埋め尽くされている状態のこと。

安藤:続いて『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル(以下、FFCC)』の話をうかがいます。『FFCC』の音楽って、かなり民族音楽寄りですよね。

『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル リマスター』公式サイト
(※編集部注)この対談の実施後、『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル リマスター』が2020年1月23日にNintendo Switch/PlayStation4/iOS/Androidでリリースされることが発表されました。

谷岡:『FFCC』の音楽で目指したのは、「特定地域に偏らせない」ってことなんです。どういう音でも聴けるっていう。特定の国ととらえられないジャンルにしたいと思って作り始めました。その時にたまたまロバハウスさん(※2)の存在をマニピュレーターさんが教えてくれて、いいなって思って。

ロバハウスさんは古楽をとても大事にされていて、「カテリーナ古楽合奏団(※3)」という名義でたくさんの演奏会を開かれるかたわら、一方では子供向けのコンサートやワークショップを開いたりされて、そこでは牛乳パックや段ボールなどで面白い楽器を作ったり、その楽器を使ってのオリジナルの楽曲を演奏などもされています。あの方々の奏でる音楽、音色も楽曲もとても素敵で大好きになり、どうか演奏をお願いしたいと思ったんです。

(※2)ロバハウス……東京都立川市にある古楽の小屋であり、そこに所属するプロフェッショナル集団。
(※3)カテリーナ古楽合奏団……ロバハウスに所属するスタッフによる中世・ルネサンス楽器を専門に演奏する楽団。

安藤:谷岡さんはアイリッシュとかケルトなどの民族音楽はお好きですか?
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谷岡:好きではありましたが、そこまで傾倒して聴いたわけではないんです。ホイッスルやリコーダーの音が好きでよく聴いていたので、『FFCC』のディレクターさん「にこういう音楽をやりたいです」ってプレゼンしにいきました。そのとき、楽器演奏をロバハウスさんにお願いしたいですって言ったり、初めて自分から「こういう音楽をやりたい!」ってアプローチをしたタイトルでしたね。

安藤:わたしは『FFCC』の楽曲群を聴いていると、どこかを旅しているような気持ちになります。不思議な異国感があるんですよ。

谷岡:そうなんですね! でも、メロディは日本的な雰囲気が多かったりします。日本といっても和風ではなく、子ども向け音楽のメロディっぽいものとかになりますけど。

安藤:だから、先ほど言われていたようにどこの国の音楽なのか考えても分からないようになっているんですね。

谷岡:そうなんですよ。絶対にアイリッシュとは言われたくなかったので。

安藤:一部にアイリッシュのテイストは感じるんですが、一部に過ぎないんですよね。今となってはゲーム音楽やアニメ音楽に民族音楽が普通に入るようになりましたけど、『FFCC』はその先駆けといってもいいかもしれない。

谷岡:ロバハウスさんは『FFCC』が初めて受けてくれたゲーム音楽の仕事だったんですよ。ロバハウスさんって当時はゲームに対してあまりいい印象を持ってなかったそうなんです。それでもロバハウスさんに通って説得し続けたことで、参加していただけることになって。

安藤:この作品のどこがロバハウスさんに響いたんでしょうね。

谷岡:最初は普通にお断りされましたからね。それでも「なるべく生の音を取り入れて、温かい音楽でゲームを演出したいと思ってるんです」と伝えて。でも、そうはいっても半信半疑だったと思うんですよね。最終的には引き受けていただいて、終わったあとには「やってよかった」と言っていただけました。その後はロバハウスさんはほかのゲームの仕事も受けられるようになったそうです。

安藤:海外でもそうですけど、ゲームをきっかけに刷り込まれることって多いと思うんで、民族的なテイストがスッと入ってきているって意味では、谷岡さんの挑戦は大きかったと思います。
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谷岡:ありがとうございます。あと、アイリッシュに特化しなかったことについてなんですが、逆に私がアイリッシュをあまり熟知していなかったから、これがアイリッシュだって言って出しちゃいけないと思っていた側面もあります。だって、ケルトとアイリッシュの区別が付いてない私が「ほら、ケルトっぽいでしょ」と言って曲を出してしまうと、それを聴いた人がケルトだと思ってしまうじゃないですか。

安藤:本物のケルト音楽を聴くと、もっとクセが強かったりしますもんね。

谷岡:そうですね。本来はもっとキツくて個性的な音楽だと思うし、同じフレーズをくり返しながら、その中でどれだけ即興を入れるかっていうのも特徴だと思うんです。でもゲーム音楽だと、毎回違う即興演奏を聴かせるっていうのは無理ですよね。そういうのもあって、ジャンルについては濁したかったんですよ。

安藤:音楽的には新しいジャンルが生まれたんだと思いますよ。ケルトじゃないしアイリッシュでもない、何か新しいもの。無印良品とかに行くと、民族音楽みたいな曲が流れてるのを耳にしますけど、あれはおそらく谷岡さんの『FFCC』以降に登場した、耳馴染みのいい民族音楽テイストの新しい音楽ジャンルなのかもしれませんね。ちなみに『FFCC』シリーズは海外のゲームファンにも人気があるのでしょうか?

谷岡:『FF XI』のイベントで海外に行くと『FFCC』が好きだっていう方にも多く会いますね。でも『FFCC』って日本版しか出ていなくて、日本でしか買えないらしいんですよ。なのに海外の方たちは日本版のソフトをお持ちなんですよね。どこで買ったのっていう(笑)。

安藤:そうなんですか! だから今『FFCC』をリマスターしているのかもしれませんね。

谷岡:「今だったらNintendo Switchとかで色々なことができるのに」って言ってる人がいましたし、そういう側面もあって、リマスター版を出してみようかってことになったのかもしれないですね。リマスター版では海外の方と一緒にプレイ出来ることになると思いますし。
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■ゲーム以外の音楽を作ってみたいという欲求

安藤:谷岡さんは『チョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮』や『光と闇の姫君と世界征服の塔 ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』で、元々はエニックスにいたプロデューサーたちとも組んでいますよね。

谷岡:そうですね。その2作は確かBスケ君(※4)とのお仕事だったかな。

安藤:おお! そのBスケってあだ名、じつはわたしが名付け親なんですよ。

(※4)Bスケ……スクウェア・エニックスのプロデューサー横山祐樹氏のあだ名。

谷岡:え、本当ですか!?

安藤:本当です。谷岡さんに“Bスケ”ってあだ名が伝わっているのは、「やった!」って気分になりますね(笑)。同じ年に「横山」姓が2人入ってきて、片方が横山栄介だった。わかりにくいから「A介」と「B介」って付けたんです。もう1人「C介」もいたんですが(笑)。バズったのはB介だけでしたね。

谷岡:C介君までいたのは知らなかったなあ(笑)。で、B介君と組んだ『時忘れの迷宮』はジョーダウンさんっていう北海道の音楽集団の方々が、植松さんの曲をアレンジされたんです。でもアレンジだけではなく、新規にメインテーマがほしいということで、私が新曲を書きました。Wiiウェア版の『光と闇の姫君と世界征服の塔』の方は、マニピュレートも含めて全部自分で作っていますね。

安藤:なんであの時期って『FFCC』シリーズとか『チョコボ』シリーズをエニックス側のプロデューサーが開発していたんでしょうね?

谷岡:あのころは、スクウェア側のコンテンツをエニックス側に使ってもらっていた時代なんですよね。エニックス側のプロデューサーさんに「スクウェア側の作曲家の方々を、こちらで使ってもいいんですか?」ってよく聞かれましたよ(笑)。

安藤:そうだ! あのころはそんな感じの空気がありましたね。エニックス側でも「組めたらスクウェア側とも組みたいね」ってみんなが思ってるっていう。
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谷岡:こちら側とすれば「組みたいね、じゃなくて使ってよ!」って感じでしたよ(笑)。

安藤:(笑)。私も実際にスクウェア側へお話に行くと、すぐさまご快諾いただけて「やった!」って感じでした。「スクウェアと組めるわ! やった!」みたいなテンションになりましたね。同じ会社なのに(笑)。

谷岡:わかります(笑)。私はむしろ使ってほしいと思ってましたからね。エニックス側で開発していたゲームのサウンドを外注に出していたら「なんで外に出すの?」って思っていたし。私ら作曲家の大先生でもなんでもないし、ただの社員だからねって。

安藤:あの時期は、今のスクウェア・エニックスに至るまでの色々なコラボレーションが始まった時期なんですよね。2003年に会社が一緒になって、その時点ではそれぞれ開発中のタイトルがあるから組めなかったけど、それが一旦落ち着いたら「じゃあ、そろそろ組みますか!」っていう話が出始めたんですよね。そして、谷岡さんは2010年に任天堂とスクウェア・エニックスが共同開発した『MARIO SPORTS MIX』に関わられたあとに、スクウェア・エニックスを退社されていますね。

谷岡:そうですね。実際には開発中に退社して、後半は外注として関わらせていただいた感じでした。

安藤:なぜこのタイミングでフリーになられたんですか?

谷岡:一番のきっかけは「退職勧告」があった時です。

安藤:ああそうか。あれがあった時期でしたか。

谷岡:当初はちっとも辞める気はなかったんですよ。でも、そのタイミングで本気で人生を考えてみて、私は外の世界をまったく知らないなと思いまして。スクウェア・エニックスは自分にとってもすごく居心地のいい会社でしたが、突然無職になったりしたら生きていけない気がしたんです。知り合いの方に「外に出るなら30代のうちがいい」と言われたりもしたんですが、ちょうどその時私は35歳だったんですよね。
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安藤:スクウェアに入られてから10年過ぎたぐらいのころですね。

谷岡:丸12年にならなかったぐらいですね。それで、外の世界を知りたいって思うようになってきたんです。ほかの会社のゲーム音楽も作りたい、ゲーム以外の音楽も作りたい、音楽に関していろいろやってみたいという欲が出てきたらもう止まらなくなりまして、最終的にフリーになってがんばってみようって決断しました。

最後まで悩んだのは開発部が目の前からいなくなるっていうことなんです。スクウェア・エニックス時代は開発陣と話をするのが好きだったし、外に出てみるとある程度までしか踏み込めないから、そこはいまだに寂しいですけどね。でも、自分が音楽で関わっているゲームについて「知りたい!」って言うと、喜んで教えてくださる会社さんも多いですけど。大きな会社のサウンド部に所属するだいご味は開発部が近いってことだなといまだに思います。

安藤:フリーになってからの楽しさはどういうところですか?

谷岡:やっぱり、たくさんの会社のゲームに携われるところですね。この会社はこういう雰囲気で仕事してるんだなとか、やり方も少しずつ違いますし、一度も顔合わせしないままメールのやりとりだけで曲を書いて納品したこともありますし。

逆にたいへんなのは、公私の区別が付き辛いことです。スクウェア・エニックス時代は会社でしか仕事しなくて、家では一切仕事の環境は置きませんでした。そこで公私の区別ができていたんですけど、今は家に作業部屋があるので、ダラダラやろうと思えばできるし、テレビもあれば冷蔵庫もあるみたいな感じで、近くに逃避の場所があるので、なかなか管理が難しいですね。

安藤:自宅ではどんな感じでコントロールをしているんですか。「このスペースに入ったらもう仕事」みたいに切り替える感じでしょうか?

谷岡:もう成り行き任せですね。結局最後にお尻に火がついて時間がないぞってなったら、やるしかないという。最近は、柴犬を飼い始めてしまったものだから、その子の世話もしないといけないので、私にとってはとてもよろしくない環境です(笑)。

安藤:なるほど(笑)。

谷岡:会社さんとのやりとりはさすがに何年もフリーでやらせていただいてるので、だいたいの流れはわかってきましたし、それに関してはとくにたいへんってことはないんですけど、一番はそこですね。可能なら自宅とは別に仕事用の部屋を借りたいくらいですが、私の性格だと結局行かなくなっちゃいそうで決心がつかないんです(笑)。

安藤:でも、谷岡さんは良い時代にフリーになられたのではないでしょうか。

谷岡:ええ。タイミングとしてはよかったと思っています。フリーになって同業者の方たちとも知り合えましたし。会社にいる時は、ほかの会社の誰がどうなんて知らなかったですからね。それに私がスクウェア・エニックスに所属していたころから、ゲーム制作会社にサウンド担当者がいないってことが普通にあるんだなってことも知って。なのでフリーランスの音楽家はわりと必要とされているんだなと実感しました。
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安藤:音楽のブースがある会社だと、逆にビックリしますもんね。

谷岡:実際、会社は私たちのような音楽制作者を養うのにお金がかかりますよね。音楽制作のための機材にしてもそうですし。でも、今はフリーのコンポーザーがいるから社内で持つ必要がないって会社が増えている。その点はフリーにとってはありがたいですね。ただ、効果音を作る方は、社内にいたほうがよい仕事ができるんじゃないかなとは思います。

安藤:それはどういう意味でしょう?

谷岡:やっぱり常にゲームの全体が見えるところで効果音をつけていくほうが、調整のレスポンスが早いじゃないですか。私がフリーで仕事させていただいたゲームのなかには、申し訳ないのですが、効果音がイマイチ合ってないゲームがあったりもしたので……。

安藤:私はエニックス出身なので、スクウェア・エニックス時代も外部の方たちとお仕事させてもらっていましたけど、効果音だけスクウェア側のサウンドの方に発注したRPGがあるんですよ。上がってきた効果音のクオリティが高くて驚きましたね。

谷岡:スクウェア側で作る効果音はすごいと思います。最初は独自路線で作っていて、他社さんと違う作り方をしてたんですよね。映画も作りましたし、いろんなノウハウがあったんだと思います。

安藤:そしてフリーになられてからは『エアシップQ』や『逆転オセロニア』などのタイトルに関わられてきていますけど、なかでも思い出深いタイトルはありますか?

谷岡:フリーになってからの1作目が『ラグナロク オデッセイ』だったんですが、おっかなびっくりで打ち合わせに行ってお話ししたのを覚えていますね。ただそれも『PROJECT SYLPHEED』のときに一緒に仕事をしたゲームアーツさんが開発なんですよ。そういう意味ではやりやすかったんですけど、フリーになって初めてのお仕事だったのでどこまで踏み込んでどう関わればいいんだろうと、かなりドキドキしたのを覚えています。でも、そこでまた人脈が広がって、コンポーザーさんとのつながりも増えましたね。

安藤:やっぱりフリーになった方が広がりますよね。谷岡さんはとくに外を知りたいっていう希望もあったわけですし。

谷岡:広がりましたね。でもフリーになって思ったのは、スクウェア・エニックス時代は会社に本当に守ってもらっていたんだなってこと。フリーはきついなって思うこともありますし、それでも面白いって思うこともまたたくさんあります。それを最初に知ったプロジェクトが『ラグナロク オデッセイ』だったので、やっぱり思い入れは強いですね。

安藤:フリーになると、マネージメントも自分でやらないといけない。そのあたりは作曲と全然違う脳みそと行動力を使うと思うんですけど、実際はどうですか?
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谷岡:いやー、マネージャーがほしいですね。といっても、雇えるほど稼いでもいないのですが(笑)。でもありがたいことですよね。フリーになってから今までどうにかこうにかいろいろな仕事をさせていただけているので。

安藤:最近は『オーディナル ストラータ』にも関わられていますね。

谷岡:『オーディナル ストラータ』は過去に『ラグナブレイク』のPC版の音楽を作らせていただいたご縁で始まったお仕事ですね。『ラグナブレイク』のディレクターさんがそのときの会社を辞めて『オーディナル ストラータ』を作るので、音楽を書いてくれませんかっていう話をしてもらったのがきっかけでした。

安藤:前の仕事が次の仕事につながっていくっていう、フリーならではの縁ですね。

谷岡:そうですね。フリーだとあの時の仕事がこの仕事を呼んでくるってのはよくありますね。振り返ると、けっこう長いことこの仕事をしているんだなって実感します(笑)。

■ソロアルバム『あの日の空と君のうた』は架空のゲームサントラとして作った

安藤:最近はゲーム音楽以外にもソロアルバムを出されたりとか、「Riquisimo」の活動があったりとか、ゲーム以外の活動も活発ですね。

谷岡:フリーになって以降、ピアノ系のお仕事のオファーが増えたんですよ。ピアノを弾いてくださいとか、ピアノアレンジをしてくださいとか。そういう側面もあって、それなら枚自分でオリジナルアルバムを作ってみようかなと。

私はゲーム音楽の作曲家としてみなさんに認知していただいているので、オリジナルの音楽を作ったところで見向きもされないんじゃないかと不安もありましたが、いざ活動していると、徐々に受け入れてくださる方も増えてきて。最近はライブにもゲーム音楽ファンの方がたくさん遊びに来てくれるようになりましたね。
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安藤:オリジナルアルバムの『あの日の空と君のうた』のダイジェスト版を聴かせていただいたんですけど、本来谷岡さんが表現したかった音楽はこういう世界観なのかなと思いました。ちょっと『FFCC』の音楽に近いかなとも思いながら聴いていたんですけど。

谷岡:まさにそうですね。本当は『FFCC』がやりたいんですけど、あのタイプの音楽制作のオファーはなかなかご縁がなくて(笑)。ちなみに『あの日の空と君のうた』は架空のゲームサントラというコンセプトで作ったので、曲が全部ループ仕様なんです。それに原案となるゲームのコンセプトも自分で考えて設定資料集まで作ったんですよ。

安藤:おもしろいですね。アルバムのジャケットイラストからも、その雰囲気が感じられます。

谷岡:ジャケットイラストは板鼻利幸さんですね。スクエニまでうかがってオファーさせていただきました。目標としては、実際にゲーム化できたらと思ってはいるんですけど……でも私はゲームを作れる人間ではないので、それはちょっと難しいかもしれませんね。

安藤:ソロとは別に谷岡さんが参加されている「Riquisimo」というユニットは、アコーディオンプレイヤーの方とコラボレーションされていますけど、これもまた面白いユニットですね。

谷岡:過去に歌やヴァイオリンの伴奏はやりましたけど、「Riquisimo」では1対1でほかの楽器と対等な立場で演奏するという初めての経験になりました。しかも相手がアコーディオンで、お互い伴奏楽器なんですよ。それなのに合うのかなってところから始まったんですが、やってみたら「合うじゃん!」となって。曲はお互いに作っているんですけど、「アコーディオンがこう来るならピアノはこういくか」みたいなアドリブもあるので、すごく勉強になってますね。

安藤:また近いうちにソロアルバム作られたりする予定も?

谷岡:そうですね、それこそうちの柴犬を題材にした親バカでしかない曲を作ったりとかもしたいなとか(笑)。『Sky's The Limit』の2枚目も出したいですし、やりたいことはたくさんあります。子ども向けの歌ばかり書いたアルバムも作ってみたいですし。

安藤:やりたいことだらけですね! ゲーム音楽に関しては今後挑戦してみたいことや野望はありますか?

谷岡:音楽を抑えるというか、「音楽が常に鳴っている」のとは真逆の演出のゲーム音楽を作ってみたいですね。気持ちを盛り上げてくれるゲーム音楽とは違って、ものすごく抑えているのに要所でしか出てこない音がものすごくいい的な……そういうゲーム音楽を書いてみたいですね。ここではこれしか鳴らない、でも終わってみると曲の共通点が1個出てきてワーッとなるみたいな、そういう仕掛けを作って成立するようなゲーム音楽を書いてみたいです。かなり抽象的ですけど(笑)。
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安藤:いえ、イメージは伝わってきますよ。実現したら面白そうですね。ちなみにフリーになってから、営業活動ってされてないんですか?

谷岡:結局1度もしてないんですよ、ありがたいことに。だから仕事があんまりないんだと思うんですけど(笑)。

安藤:でもフリーになって10年以上営業なしでも全然やっていけるっていうのは、フリーになりたい人にとっては光明ともいえそうです。おもしろいお話がたくさん聞けました。今回はありがとうございました!

谷岡:こちらこそ。本日はありがとうございました!
■ソロアルバム&参加ユニットRiquisimo(リキシモ)のアルバムが好評発売中!

谷岡さんのソロアルバム『あの日の空と君のうた』が好評発売中。作曲家活動20周年を記念して制作された全11曲収録のソロアルバムとなっている。ジャケットイラストは株式会社スクウェア・エニックス所属のキャラクターデザイナー板鼻利幸氏が手掛け、ゲストボーカルにはシンガーソングライター霜月はるかが参加している。
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また、谷岡久美(ピアノ)と藤野由佳(アコーディオン)の2人によるユニット、Riquisimo(リキシモ)の1stフルアルバム『Charla』も好評発売中。2つの音同士がチャルラ(おしゃべり)するかのように絡み合う全10曲を収録。ゲストミュージシャンに壷井彰久(ヴァイオリン)が参加している。
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『あの日の空と君のうた』商品詳細
『Charla』商品詳細
谷岡久美オフィシャルHP

テキスト:風のイオナ(FLOOR25) ゲームと音楽と旅と自転車が好きな東京在住フリーライター&エディター。最近は地下アイドルグループあまりりすのプロデューサーもやってます。
ツイッターアカウント→風のイオナ@ハイパーいおなぴ@ionadisco
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