アニメ監督がプロレスラーとしてリングイン! 天狗工房・福士直也vs.シシララTV・安藤武博対談
アニメーション監督でありながら、プロレスラー“赤天狗”としてリングにも立つ「天狗工房」の代表取締役・福士直也氏。そのエンターテイナーとしての原点はどこにあるのか? 氏が興行を取り仕切る「爆裂忘年会2019」で、はじめてリングデビューを飾ることになったゲームDJ安藤武博が、その半生を深く聞き出す特別対談企画! ぜひご一読ください。
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福士直也さん(写真右)
アニメーション制作集団「天狗工房」の代表取締役。アニメーション監督として活躍する傍ら、プロレスラー福士“赤天狗”直也としても活動中。ほかにも漫画原作、声優、アニソンDJ、ラジオパーソナリティなども精力的にこなすマルチクリエイター。


■福士直也という男──そのルーツをたどる

安藤武博(以下、安藤):今日はアニメ監督でありながらプロレスラーとしてリングに立ち、マンガの原作やラジオのパーソナリティまで務めるマルチクリエイターの福士さんにお越しいただきました。今日は福士さんという人間をカタチ作ったものから、アニメとプロレスという一見すると遠いイメージのものに携わっている理由、そして年末に迫ってきた「爆裂忘年会」についてなど、いろいろお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。

福士直也さん(以下、福士):こちらこそ激烈よろしくお願いします!

安藤:福士さんは先に言ったとおり、肩書きが多すぎてすでにおもしろいんですけど、やっぱり目を引くのはアニメーション監督とプロレスラーってところだと思います。どうにもしっくり結びつかない2つの職業なのですが、子どものころ、将来はアニメーション監督とプロレスラーのどちらになりたかったんですか?

福士:将来の夢という意味では、全日本プロレスが大好きなこともあり、小学校、中学校とプロレスラーに強く憧れていましたね。夢がかなったのはつい最近ですけど。

安藤:たとえば芸能人が飲食店をやるとか、ミュージシャンが服を売るとか、そういう二足の草鞋はなんとなく理解ができるんですけど、アニメ監督がプロレスをやるというのはちょっと聞いたことがないんですよね(笑)。

福士:ギャップがスゴいとはよく言われますよ。自分のなかでは必ずしもそうではないんですけどね。

安藤:福士さんのなかで、つながるストーリーがあるんですね。

福士:最初は……というか出来ることなら、ずっとプロレス一本で行きたいと思っていたんですよ。でも、レスラーって身体が大きいことが大事じゃないですか。その点僕は、食べても食べてもなかなか太れなくて。一生懸命食べているのに、体重が65キロくらいまでしか上がらなかったんですよね。そこに限界を感じてプロレスは諦め、自分の体格にあった打撃系格闘技に方向転換することにして鍛錬を始めました。

安藤:それはいつぐらいのことでしょう?

福士:中学生後半くらいですかね。それから高校1年の半ばぐらいまでは独学で空手を練習していたんですけど、ある日それじゃダメだと思いまして。

安藤:独学で空手を学ぶってどういうことです? 山の中で木に向かって正拳突きするとか……。

福士:いろいろな種類の格闘技の入門書みたいな本を数冊買って、それを参考に公園で練習していましたね。ただ、いくら1人で続けていても、相手がいないと意味がないと思い、極真空手を始めることにしました。それが高校1年生のときですね。

安藤:では、そこからは空手に夢中になったわけですか。

福士:それがそうもいかなくて。というのも、空手を続けるのは思っていたよりお金と時間が持っていかれるため、結構たいへんなんですよ。 月々の月謝が12,000円くらいしますし、段位試験を受けたり、受かって新しい帯を買ったりとなったらまたお金がかかったり。加えて休みの日は先輩の応援に行くとかもあり、これではお金も時間も足りなくて趣味の時間も削られるぞと。

安藤:でも、だからといってプロレスに戻れるわけでもなかった。

福士:そのとおりです。なので打撃系格闘技という線は変えず、キックボクシングを始めました。それが高校3年生のこと。ゆくゆくはライセンスを取ってプロデビューしようと考えていました。じつはキックはかなりいい線までいっていたんですけど、ある日腰を痛めてしまいまして。

安藤:腰はスポーツ選手の生命線じゃないですか。痛めた理由は?

福士:小、中、高校と筋トレをし過ぎたせいです(苦笑)。今でもそうなんですが、骨がつながっていない部分があるんですよ。というのも、成長期に過度な筋トレをし過ぎると、骨の成長に悪影響があるんですよね。現代ではそういったスポーツ科学も進歩していて、色々なノウハウがあると思うんですけど、当時は誰もそんなことを教えてくれませんでしたし、何しろ僕は独学でやっていましたからね。

安藤:何事もやりすぎはよくないってことですね。

福士:ええ。一日に腹筋を1,200回とかやっていましたからね。テレビで「筋肉番付」という番組があったと思うのですが、そこでの勝負が100回、200回くらいの世界だったので「ああ、これ俺も出られるじゃん!」って考えたりしていました(笑)。
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安藤:マンガみたいな考え方と鍛え方をしますね(笑)。

福士:根性論バリバリでしたね。うさぎ跳びとかやりまくっていて、それで腰にダメージが蓄積してしまったわけです。

安藤:では、今でも腰にトラブルが?

福士:一度壊してからは、正しいフォームでの筋トレを学び継続してきましたから、深刻な後遺症等は特にないですね。プロレスをできるくらいまで回復しました!

安藤:プロレスをできるくらいって、それ回復どころの騒ぎじゃないですね。

福士:そうですね(笑)。とはいえ、今でこそダメージは回復しているものの、当時はやっぱり深刻で。21~22歳くらいのことなんですけど、医師からは「もうキックでは食べていけないだろう」と通達されました。

安藤:22歳のころ……一般的にはまさに就職したりとか、将来の方向性を定める時期ですね。

福士:自分はタイに渡ってキックボクシングで食べていこうと本気で思っていたので、その道がいきなり絶たれてしまったわけです。

安藤:そこで、アニメーション監督への道が開けることになったわけですか。興味深い変遷ですね……。

■プロのリングでも通用するのか!? 格闘ゲームの必殺技を公園で練習!

福士:じつは僕、格闘技も大好きでしたが、一方で昔からアニメやマンガも大好きだったんですよ。格闘技に励む傍ら、マンガを描いているようなヲタク男子でした。

安藤:アニメやマンガを見るだけではなく、自分で描いていたんですか? それはよっぽどですよ。

福士:マンガといっても4コママンガですけど、描いてアンソロジーの編集部に送ったりしていました。特に格闘ゲームを好んでプレイしていたのもあり、『餓狼伝説』のアンソロジーとかに応募していましたね。

安藤:格闘ゲーム! バリバリのゲーセンプレイヤーだったということですか?

福士:通っていましたね、ゲームセンター。そしてそこで見て覚えた必殺技を、公園で練習したりしていました。

安藤:公園で必殺技の練習って、それこそマンガの世界じゃないですか(爆笑)。ゲームなんだから、当然リアリティのない技もたくさんありましたよね?

福士:それはもう(笑)。なので、いけそうな技を中心に練習するんですよ。テリー・ボガードのクラックシュートとか、必死に練習していましたね。あとはパワーダンクとか。

安藤:『餓狼伝説の』テリーですか。懐かしい(笑)。

福士:「オーラを出す系」じゃなければ、結構いけるもんだと思いまして。実際、試合とかでも格ゲー技は使ったりしてましたよ。

安藤:それはすごい。福士さんがアニメやマンガ、ゲームから受けた影響はかなり大きそうですね。

福士:大きいですね。僕は小学生のころ『魔神英雄伝ワタル』という作品が大好きで、ものすごく憧れていました。我が家にビデオデッキが導入されたのはこの『ワタル』の最終回近辺のことなんですけど、テープが擦り切れるまでラストエピソードの「春だ祭りだモンジャ村」を見まくったりして。

安藤:サブタイトルまで覚えているあたり、ガチではまっておられた、と。憧れというのはワタルに対してですか? それとも、龍神丸に対してなのでしょうか。

福士:両方ですかね。先ほどのテリーの技の話にもつながりますが、とにかく繰り出す技がカッコよくて。

安藤:わかります。『ワタル』の必殺技演出はカッコよかったですよね。

福士:あのカッコよさの理由を知りたくて、自分なりに研究を始めたんですよ。具体的にはコマ送りやスローで技のモーションや演出を見たりして、それを自分のなかに落とし込むため、実際に何枚か絵に描いてみたりしていました。

安藤:その発想は特別ですね。思いついたとしても、それを実践しようという子どもはあまりいないのでは。

福士:「最初は目をアップにして、そのあと全身を映してから剣を振るとカッコいいんだ!」といった演出やカメラワークなどは、あのころから蓄積してきた知識ですね。とにかくロボットが大好きだったので、『絶対無敵ライジンオー』とか『伝説の勇者ダ・ガーン』などのアニメをコマ送りで見ては描き起こす……そんな子どもでした。

安藤:格闘技の技なども、そういったカッコいいモーションなどの分析視点で見ていたりしたのでしょうか?

福士:格闘ゲームのモーションなどは、結構考えながら見ていたかもしれません。たとえば『ストリートファイターII』のリュウって、近距離大キックでか踵落としを繰り出すんですが、そのモーションのとき軸足がパカつくというか、変な動きをするのが気になったり。

あれはそのあと本を読んで、軸足をひねることで距離を伸ばすというテクニックであることを知り、実際に自分で試したらその通りの動きになったので、ゲームのドットでも格闘技の動きを忠実に再現できることに感動したのを覚えています。
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安藤:それはゲームがというより、それをやったカプコンがスゴいともいえますね。

福士:あとは『聖闘士星矢』も自分のなかでバイブルになっている作品の一つですね。

安藤:『聖闘士星矢』はアニメと原作マンガ、どちらから入られたのでしょう?

福士:僕はアニメから入り、そのあとコミックを全巻集めたクチです。星矢のアクションもたくさん練習、というか単純に真似をしていましたね。五感を失った想定で、目をつぶってほふく前進をしたり……。

安藤:なりきりすぎでしょう(爆笑)。福士さんのイメージからすると、同じジャンプマンガなら『北斗の拳』や『キン肉マン』のほうが近い気がするんですけど、『聖闘士星矢』できましたか。

福士:それは母親の影響ですね。残酷描写があるアニメは見せてもらえなかったので。

■セル画を買うぶん食費を削る? 「ヲタクな母親」が与えた影響

福士:今思うと、福士家は変な家庭でしたよ。「残酷はダメだけどエロはOK」みたいな。

僕には妹がいるんですけど、妹が録画した『美少女戦士セーラームーン』の変身バンクを、コマ送りで見て作画の練習をするような、ハッピーな家族でした。

安藤:妹さんも絵を描かれていたんですか?

福士:妹はマンガ業界にいますね。なんというかみんなヲタク気質な家庭なんですよ。ここらへんは全部、母親からの影響です。

安藤:お母さんからですか?

福士:ええ。母は元祖ヲタク……いや、今でいうところの腐女子的なものですかね、あれは。たとえば休日、家族でどこに連れて行ってもらえるかというと、城とか仏閣、そしてアニメイトと本屋でした。

安藤:城や仏閣にアニメイト……なんというか、いずれもピクリとしてしまう(笑)。日本史がお好きだったんですかね。

福士:母親は日本史が大好きでしたね。それに加えてアニメの『ベルサイユのばら』とか『銀河英雄伝説』なんかに、どっぷりハマっていました。当時はアニメ会社から直接、ファンがセル画を買えた時代だったんですよ。

安藤:セル画の販売、ありましたね! そしてお母さんのキャラが思っていた以上に濃ゆい……。

福士:母親がサンライズに直接セル画を注文したりする際、僕らが好きなアニメのシーンをメモに書いて渡していました。僕は『ワタルの龍王丸』と書き、よく頼んでいましたね。

安藤:サンライズですか。お母さんはどのようなアニメのセルを?

福士:『シティーハンター』の冴羽獠ですね。うちの母親がとにかく獠の大ファンで、よく「獠のような男性に育ってほしい」と口にしていました。今思えばとても複雑ですね。

安藤:獠はたしかにいい男ですが、どこを真似ろと言われていたかで印象変わってきますね。スイーパーとしての強くてカッコいい部分なのか、それとももっこりな部分なのか(笑)。

福士:ホント、今考えてみるととんでもない育て方だと思いますよ。母親がアニメのグッズやセル画を買い過ぎるせいで、うちの食費は圧迫されていましたからね!

安藤:エンゲル係数を下げてでも、趣味に私財を投じる感じだったと?

福士:はい。祖父にお小遣いをもらって、それで食いつないだりしていました。どう考えてもとんでもない。

安藤:お城や寺社仏閣が好きとなると、歴史ものにも精通しておられたとか?

福士:精通ってほどではないと思いますけど。『赤胴鈴之助』とか『必殺仕事人』なんかが好きでしたね。
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安藤:……なるほど。それらがお好きとなると、福士さんが「元祖ヲタク」、「元祖腐女子」と表現されるのも妥当な気がしますね。

福士:母親が『仕事人』で「秀」という役を演じていた三田村邦彦さんのファンクラブに入っていて。「三田村邦彦さんと行くブドウ狩りツアー」とか、僕も一緒に連れて行ってもらいましたよ。僕が一番ブドウを取って「ブドウMVP」に選ばれ、賞品として「ゴジラvsビオランテ」の映画チケットをもらったことを今でも覚えています。

安藤:ものすごく貴重な体験ですね! でも、お母さんを含めてファミリーの存在が福士さんに与えた影響は大きいのでは。コンテンツの分解力というか、より深く理解して愛すことをよしとする土壌が出来ていたように思えます。

福士:「好きなことにはとことん本気でぶつかる」というのは、母の影響が大きいですね。それこそ、食事が疎かになるくらい夢中になれちゃうわけですから。今の時代に普通のものさしで測ったら、児童虐待案件になるのかもしれませんけど(笑)。

■アクションへの理解度がCGアニメーションでの強みに

安藤:ちょっと脱線したのでお話を戻しますと、ケガによって格闘技を諦めることになり、もう1つの趣味であるアニメを仕事にしようとされたわけですよね。そのとき、アクションに精通しているというのはものすごい強みだったのでは?

福士:そうですね。アクションシーンがまったく苦労せず作れるのは、アドバンテージだったかもしれません。人間のアクションは格闘技で学んでいましたし、ロボットアニメの「映えるアクション」も、子どものころから蓄積したノウハウがありましたから。

安藤:背景やエフェクトなんかにも精通していたんですか?

福士:そこまでできていれば完璧だったかもしれませんね(苦笑)。僕がこの業界に入ろうとしていた時期って、ちょうどCGが注目されてきた時代というか、浸透し始めていた時期だったんですよ。アニメの制作会社が業界全体で「そろそろ3DCGの部署を立ち上げるぞ」という機運だったんです。

安藤:ゲーム業界もそうだったと思うのですが、アニメ業界にも3DCGの革新の時代があり、福士さんはその流れに乗ったということですね。

福士:はい。僕は『SDガンダムフォース』という作品からアニメ業界に入らせてもらったんですけど。折よく、イチから3DCGの部署を立ち上げるところから関われることになりまして。そのとき、先に話したアクションの魅せ方やカット割りの知識を持っていたことは、ものすごく役に立ちましたね。ツールさえ覚えてしまえば、あとはなんとでもなるなと思いました。

安藤:当時の3DCGソフトというと「LightWave」などが主流でしょうか?

福士:そうですね。あとは「フィルムボックス」などでしょうか。そもそも僕が3DCGの道にスッと入れた理由というのに、フィギュアの存在が大きい気がします。

安藤:フィギュアって、スケートのほうではなく、プラモとかガレージキットとか、そっちのフィギュアですよね? たしかに、プラモやフィギュアに触れていたのであれば、モデリングの勉強になったかもしれません。

福士:当時、僕が住んでいた立川にはコトブキヤ本店がありまして。僕はそこに自作のプラモとか改造したフィギュアなんかを飾ってもらったりしていたんですよ。

安藤:やっぱり「ガンプラ」ですか?

福士:いえ、僕はこの業界に入るまでリアルロボットはあまり触れていなかった人間でして。いわゆる「スーパーロボット」がメインだったんですよね。『ライジンオー』とか『ワタル』、『勇者シリーズ』とか『NG騎士ラムネ&40』ですね。ラムネスの乗騎であるキングスカッシャーの食玩とか、本気でカスタマイズしていました。そもそも、僕が最初に入った会社は『ラムネ&40』の監督の会社「ラディクス」というところでした。

安藤:『ラムネ&40』がきっかけだったんですね。

福士:ええ。ねぎしひろし監督の作品が好きだったんですよ。『宇宙の騎士テッカマンブレード』とか『KO世紀ビースト三獣士』とか、ねぎしさんの手掛けたOVAにものすごくハマっていました。じつは、別の会社に2カ月くらい所属していたりもするんですけど、本格的に業界に踏み込んだのはラディクスからですね。
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安藤:考えてみると、人の縁っておもしろいですね。福士さんが仕事を始めたばかりのころに主流だったのが「LightWave」。その時代の申し子だった笹原“世界一”和也さんと組んで、今は「マンガファイトクラブ」で一緒に活動したりしているわけですから(笑)。

福士:そうですね。笹原さんとは今、ものすごく濃ゆいお付き合いをさせてもらっていますけど、考えてみたら不思議ですね。当時日本で「LightWave」を扱わせたらナンバーワンの人でしたし、なんなら僕はCGの勉強を、笹原さんの著書を教科書代わりにして学んでいたくらいですから。

安藤:CG雑誌の表紙を飾っていたような男ですからね、笹原さんは。スター性がありました。

福士:今はうっかりタメ口で話してしまうぐらい仲がいいと一方的に思っています(笑)。そして、とても不思議なご縁を感じますし感謝しています。

■飛び込んだエンタメ業界の最前線で地獄を経験

安藤:今では「阿佐ヶ谷ファイトクラブ」で格闘技つながりもあり、来たる12月26日には一緒にプロレスにまで出ることになったお2人なわけですが。そもそも笹原さんと格闘技をすることになったきっかけはなんなんですか?

福士:直接お仕事で携わったことはなかったんですけど、同じ業界にいることもあってか、共通の知人は何人かいまして。そのつながりで、笹原さんがクラウドファンディングを募って失敗したときの残念会に呼ばれたんですよ。

安藤:クラウドファンディング、やられていましたね。『風雲維新ダイショーグン』のリブート企画。シシララTVも応援させてもらっていました。

福士:そのときの反省会で夢破れたばかりの笹原さんが、ステージで「これから先、思い描く夢がなくなってしまいました」とおっしゃられて。「だったら笹原さん、プロレスやってみましょうよ!」とお声がけさせてもらったんですよ。

安藤:ものすごい提案ですね(笑)。福士さんにとって、何か閃きのようなものがあったんでしょうけど。

福士:完全に悪ノリです(笑)。でも、その勢いに笹原さんも乗っかってくれたんです。「そういう勢いって好きだから、俺出るよ」と言ってくれて。そこからご縁がつながっていますね。

安藤:年末のプロレスについては、あとで詳しくお聞きしたいのですが(笑)。また福士さんのキャリアにお話を戻しますと、業界に入ったあとはどうだったんでしょうか?

福士:安藤さんたちのゲーム制作の現場もきっと一緒だと思うんですけど、エンタメ業界の最前線っていえば、そりゃもう地獄のような環境で(笑)。ほとんど帰宅できないような生活を続けていました。僕はプライベートでやりたいことがものすごく多い人間なので、そのとき感じたんですよね。「ああ、早いところ上の立場に行かないといけないな」って。

安藤:身体を動かすことなどもほとんどできなかったのでは?

福士:いえ。すき間を見つけて公園で筋トレしたり、自主トレは続けていましたよ。もちろん時間はそれまでに比べてずっと限られていたのですが、僕は「醜くなる」ことに抵抗があるので、やれる範囲で全力でした。

安藤:「醜くなるのが嫌い」というのは、独特の表現ですね。でも、それだけお忙しかったことは想像できます。
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福士:帰宅できるのは月に3回とか……今でいうと考えられないというか、あってはいけないことなんですが、我々世代のクリエイターは、みんな通ってきた道なんじゃないですかね。きっと、安藤さんもそういった経験はあるのでは?

安藤:ありますね(苦笑)。ゲームもアニメも、それこそすべてのエンターテイメント業界に通じることだと思いますけど、基本的にはやればやるほどいいものに仕上がっていくわけじゃないですか。だけど、締め切りは当然あるわけで、そこまでに作り上げるのがプロの仕事。だからどうしても自分の時間を削って、追い込んで、少しでもいいものに仕上げたいという側面はありましたよね。

福士:今では声を大にしては言えないことですね(苦笑)。

■お姉さんと会社の共同経営時代を経て独立──天狗工房爆誕!

安藤:そんな福士さんですが、チャンスが回ってくるのはすごく早かったんですね。入社して数年で『トランスフォーマー ギャラクシーフォース』で、アクションディレクターを務められています。

福士:アクションにかんしては、長年の蓄積もあってかすぐに注目してもらえたというか、任せていただけるようになったのでありがたかったですね。アニメにおいて、CGが果たす役割がどんどん増えていく状況だったので、たくさんのことを任せてもらえました。

安藤:現場で学ぶこともたくさんあったのでは?

福士:それはもう、たくさんありましたよ。でも、おかげで主人公の必殺アクションとか、作品の核となる部分を手掛けさせてもらえたりして、とても感慨深かったですね。やりがいも楽しさも、たくさんありました。

安藤:ちなみに、現在ご自身が代表を務めておられる「天狗工房」を立ち上げたのはいつ頃のお話なのでしょうか?

福士:『寄生獣 セイの格率』の時くらいですね。それまでは前身として、姉と一緒に会社を経営していたんです。

安藤:そうなんですか? では、お姉さんもアニメ関係のお仕事を?

福士:いえ、姉はシステムエンジニアですね。一緒に立ち上げたというよりは、僕が姉の会社にジョインさせてもらった感じです。会社というか、個人経営に近い感じです。

安藤:アニメスタジオというか、小規模な個人事務所というニュアンスですかね。

福士:はい。フリーランスとして仕事を受けていた時代もあったんですが、個人規模だと色々と引き受けづらい案件も少なくなかったので。企業としての箱を利用させてもらった みたいな感じです。イチから登記して……とやるのを当時面倒に感じていたので、同じく小さな会社を立ち上げていた姉に相談し、新しい部署を立ち上げジョインさせてもらったんです。名目的には副社長という形で。

安藤:なるほど。

福士:しばらくはその会社で動いていたのですが、あるタイミングで経営に関して姉と相容れない部分が出てきてしまいました。互いに夢を追いかける者同士……このままムリに共存していても意味はない。だったら自分で会社を立ち上げようと思い、作ったのが「天狗工房」になります。

成り行きで作らざるをえなかった部分もありますが、アニメやマンガの原作などを手掛ける夢も当然ありましたので、そんな時、自分が代表の会社を持っていないと介入できないしダメだなという思いもあって決断しました。トレーニングもしたいし(笑)。

安藤:自分の会社であれば、仕事は自分の裁量ですから、筋トレの時間も作りやすいわけですか(笑)。お話をお聞きしていると、福士さんはご自身の欲求に正直というか、「自分がやりたいことをやる」というスタンスがブレることなく邁進されていますよね。
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■好きなものを仕事にする──『聖闘士星矢』の着彩も担当

安藤:『聖闘士星矢』が好きだったというおっしゃっていましたが、『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話』の着彩とCG制作にも携わるなど、少年時代に憧れたものにしっかり絡んでいるのはすごいことですよ。

福士:あれは連載の途中から関わらせてもらうことになったんですけど。秋田書店のチャンピオン編集部に直訴しにいったんですよ。「今の塗りはファンとしてちょっと納得できません」というニュアンスを伝えに。

安藤:編集部に直接! 行動力がものすごい(爆笑)。

福士:編集さんを通してですが、車田正美先生から「そこまで言うならやってみせてほしい」とおっしゃっていただき、全力全開で対応させてもらったところ「キミ、わかってるね!」となりラインに入ることに(笑)。

安藤:先生に認めてもらえたんですね。そんな道場破りみたいなやり方で懐に飛び込んで、それを認めてくださる車田先生もすごい。

福士:ちょうどその時期は、CG着彩のスタッフさんの世代的に『聖闘士星矢』のことがわかる人がほとんどいなかったことも大きいですね。『聖闘士星矢』って、聖衣(クロス)の輝き方ひとつとっても独自の色気が必要なので、1ページあたりの情報密度がハンパじゃないんですよ。それこそ、聖衣の重なり具合なども考慮して着彩しないといけないので(笑)。

安藤:ファンにとっての不文律のようなものはありますよね。それを『聖闘士星矢』を知らないアシスタントさんがいきなり着彩しろと言われても、たしかにしんどいでしょう。

福士:その点、僕は小学生のころバンダイから発売されていた「聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)」をすべて持っていて、かなり遊び倒していましたから。そこも大きなアドバンテージとなり、自信がありました。

安藤:あの聖衣シリーズを全部ですか? 誰もが憧れることじゃないですか。みんなのヒーローになれる。

福士:親がヲタクな子どもの強みですね。懸賞などの限定レア聖衣以外は、ほぼすべて網羅していました。もちろんスチール聖衣も(笑)。

安藤:かなりヤバイですね! この歳になってもちょっと興奮してしまいますよ。そこだけ聞いたら、まるでお金持ちのお坊ちゃんのようですね……。

福士:実際は食べるものに困るような家庭でしたが(笑)。

安藤:それ、もしかしてまだ保管されています?

福士:もちろん。実家に置いてありますよ。

安藤:ちょっとした資産ですね、それ。さすがに絶対手放したりはされないでしょうけど(笑)。なるほど、福士さんが『聖闘士星矢』の立体造形にくわしいのは当然ですね。

福士:はい。僕は本当に凝り性というか、全力のヲタクなので、『聖闘士星矢』については本当に細かいところまで覚えていて。たとえば、最初に作業に加わった頃はちょうど「黄泉平坂(よもつひらさか)」が舞台だったんですけど。

安藤:黄泉平坂というと、キャンサーのデスマスクが積尸気冥界波を使って飛ばすあの……。

福士:そうです。ただ、僕のなかで黄泉平坂の雰囲気は、劇場版である『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』のイメージがすごく強いんですよ。背景に使われている赤味がかった色とか、雰囲気そのものがものすごくクオリティが高くて大好きでした。
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安藤:TVアニメ版ではなく、劇場版を持ってくるところにガチ感がありますね。

福士:話を戻すと、僕が入ったのがちょうどその黄泉平坂が出てくる話数でした。着彩に関してはある程度クリエイターに委ねられている部分もありましたので、「ここはこういう感じの色見で進めさせていただいていいですか?」と先生に提案させていただいたところ、「おういいねぇ!」と任せていただきました。

安藤:そこで、車田先生も納得のクオリティに仕上げることができた、と?

福士:僕にとってはかつての想い出を再現していただけの、言ってみれば当たり前のクオリティだったわけですが、そういう幼少期の頃の記憶のおかげで高く評価していただく場面は何度かありました。一時期は、着彩のすべてを天狗工房で受け持たせていただいた時期もあります。現在は、車田先生のスタジオでもデジタルを取り入れており、かなり出番は少なくなりましたが。

安藤:好きな人が好きなことに携わるとクオリティが上がる、その典型をお聞きした気がします。ではそろそろ、そんな福士さんの「好き」の塊であるプロレスについても、お話をお聞きしていいでしょうか。

福士:激烈了解です!

■プロレスラー・福士“赤天狗”直也デビュー秘話

安藤:そもそも、プロレスを再び志してその道に飛び込んだのはいつのことなのでしょう?

福士:今から4~5年くらい前ですかね。比較的最近のことです。

安藤:気持ちがそちらへ向かったきっかけはなんだったんですか?

福士:天狗工房では、『泉極志(せんごくし ※1)』というマンガも手掛けているんですけど。

(※1)『泉極志(せんごくし)』……日本の温泉のすばらしさをアニメやマンガと融合させて発信し、世界に知ってもらうために生み出されたコンテンツ。実在の温泉郷を舞台に、温泉宿の看板娘(息子)達たちが邪悪な荒魂(スダマ)との戦いを繰り広げる「激烈温泉バトルファンタジー」。群馬県みなかみ町にある「みなかみ18湯」とのコラボなども実施されている。現在、「マンガクロス」にてWEB配信中。

安藤:こちら、福士さんは原作として携わっておられるんですよね?

福士:ええ。僕は原作、一部のネーム、フィニッシュワークを担当してます。この作品は群馬県みなかみ町にある「みなかみ18湯」とコラボしているのですが、町おこしの一環として、マンガに出てくるキャラクターを実在するキャラクターとして起用するプロジェクトを実施したんですよ。

安藤:それは斬新な組み合わせですね!

福士:行政のイベントとかともコラボしたりキャラクターソングなんかも制作して、かなり本格的にやらせてもらっていました。そのイベントの関係で、今でも頻繁にみなかみには足を運んでいるんですが、そこで一緒にアサインさせてもらったシンガーやコスプレイヤーのマネージャーさんと温泉に浸かっているときに、「福士さん、めちゃくちゃガタイいいですね! ちょっとプロレスやってみません?」とお声がけいただきまして。

安藤:えっ! お風呂場でプロレスに勧誘されたってことですか?

福士:はい。「アニメ監督がプロレスをやるのって日本初だからきっとおもしろいですよ!」と言われ、「いやぁ~僕なんか全然ムリですよぉ~」などと謙遜してみたりもしつつ、その3カ月後くらいにはもうリングに上がらせていただきました(笑)。

安藤:出たーっ! 福士さんの行動力が、ここでも発揮されたわけですね。

福士:デビュー戦で、いきなり新日本プロレスの5代目ブラック・タイガーこと高岩竜一さんとマッチメイクしてもらえまして。
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安藤:すごい! じゃあ、もしかしていきなり「デスバレーボム」をくらったりしたんですか?

福士:いや、デビュー戦でいきなりデスバレーをくらったら本当に死んでしまいます(笑)。でも、ツームストーンパイルドライバーからのトップロープ→ダイビングエルボーをくらい、全身の骨をメキメキにされましたね。受けた瞬間は呼吸が出来なくなりまして、これがプロの重圧か……と肌で実感させていただきました。それ以降、高岩さんにはとてもかわいがってもらっていて、ときおり一緒に練習もさせてもらっています。

安藤:プロレス業界と一番縁が深いアニメ監督なんじゃないですか?

福士:唯一無二、と自負させてもらっています。やるからにはもちろん本気で取り組んでいますし、今となってはプロレス選手名鑑にも掲載してもらえるようにもなりましたので。

安藤:夢が叶ったと言えますね。しかも、福士さんならではのやり方で。

福士:そうですね。僕の生き方は取っ払いというか、直接的なんですよ。たまたまですが、あまり先輩や先人がいない人生というか。同じような道を歩いてこられた人がいないので、そのぶん僕が好きに切り開いていけるイメージでしょうか(笑)。

安藤:では、格闘技をご自身で経験したことでアニメーションに還元されたものなどはありますか?

福士:「プロレスを経験したから」というわけではないのですが、僕の場合、モーションキャプチャーなどの収録で“イメージが伝わらない“、”モーションアクターがいない”というとき、自分で出来てしまうのは強みだとおもいます。何度かお願いしたこともあるんですが、格闘技の知識のないアクターの方も中にはいらっしゃるので、伝わらないのであれば自分でやったほうが収録もスムーズになったりしますし(笑)。

安藤:福士さんはリングネームとして「福士“赤天狗”直也」を名乗られていますけど、天狗をモチーフにした理由はなんですか? 社名にも天狗の名が入っていますけど、それとも関係が?

福士:赤天狗も天狗工房もそうなんですけど、「天狗」というものをアイデンティティに取り込むようになったのは、僕がパーソナリティを務めている「まえばしCITYエフエム」のラジオ番組「Pro天狗」という番組からなんですよ。

安藤:もう6年くらいやっておられる、なかなかの長寿番組ですよね。そのなかで生まれたキャラクターが赤天狗である、と。

福士:はい。天狗というと「ドヤァッ」ってマウントを取っているイメージがあって、自分としてはどうなんだろうと思っていた頃もあったのですが、成功していれば天狗になってもいい部分もあると思います。でも、”プロの天狗は謙虚である”と。それが番組名となり、ラジオMC「赤天狗」として僕の一部となっていったイメージですね。

安藤:では、天狗工房もその名のとおり、天狗が作った工房だから「天狗工房」である、と。

福士:単純ですがそういうことですね。前橋市の隣にある沼田市には天狗の伝承が残っていて、実家から比較的近い高尾山も同様だったりするので、不思議な縁も感じています。認知度はそれなりに高いはずなのに、天狗を個性としてキャラにしている人もそこまでいなかったことも大きいですね。

安藤:そこから、天狗工房の社歌でありご自身のプロレスの入場曲でもある「激烈Pro天狗」が生まれたわけですか。現在、一期につき一曲ずつ社歌を作っておられるんですよね?
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福士:ええ。今年で5期目なので5曲目を制作しているのですが、今年中に間に合うかどうかかなりギリギリです(笑)。

安藤:そしてその社歌が、赤天狗としての入場曲になった。まさか社歌のほうが先とは思っていませんでしたが。

福士:なんなら、自分が作っているアニメで劇伴として使ったりもしています。

安藤:福士さんだけですよ。社歌兼入場曲のイントロをアニメで流したりできるのは(笑)。でも、ここにきてご自身がこれまで歩んで蓄積してきたものが、さまざまな形で交錯し始めているような気がしますね。

福士:こういったことができるのも、自分が会社の代表を務めているからですし、昔からやれることは全部やっちゃったほうがいいと思うタイプなので。基本的に、行動しないと何も変わらないし、そうすることで得をすることばかりだと常に思っています。

■ゲームDJも特別参戦する「爆裂忘年会2019」──いったいどんなイベントなのか?

安藤:そしてここで、来たる2019年12月26日に開催される「爆裂忘年会」なるプロレスイベントについてお聞きしたいわけですが。こちらはどういうコンセプトなのでしょう?

福士:役者、声優、取締役、社長、プロレスラーと、さまざまな方々が参戦する“プロレス見ながら忘年会!”をテーマにした、激烈バーニングなイベントとなっております。おかげさまで、天狗工房ではプロレスの興行なども手掛けさせていただいているのですが、この忘年会もその一環ですね。爆裂忘年会自体は、これで3回目の開催になります。

安藤:年末というとプロレスは盛り上がる時期ですし、大仁田厚さんをはじめ、そうそうたるプロレスラーも参戦されるということで、話題性がありますよね。

福士:激烈ありがとうございます!

安藤:そしてそんなイベントに、わたしやサイバーコネクトツーの「ぴろし」こと松山洋社長、そしてマンガファイトクラブの主宰である笹原“世界一”和也さんなどが登場するわけですが……。

福士:激烈ありがとうございますッ!!(笑)

安藤:いやいや(笑)。そもそも、こんな豪華な顔ぶれのなかに我々が組み込まれる違和感がものすごくて。いったいどういった目論見があるのかをお聞きしたいな、と。

福士:これも昔からやりたかったことなのですが、『ザ・キング・オブ・ファイターズ(※2)』のような格闘技の祭典なんですよ。

(※2)『THE KING OF FIGTHERS(ザ・キング・オブ・ファイターズ)』……SNKからリリースされている人気対戦格闘ゲームシリーズ。『餓狼伝説』や『龍虎の拳』といったSNKの人気シリーズのキャラや、オリジナルキャラたちが集結して戦いを繰り広げる。略称は『KOF』。

安藤:ゲームの『KOF』のことですか?

福士:はい。僕はあのゲームのお祭り感が大好きなんです。自分なりに立ち上げた『KOF』がこの「爆裂忘年会」だと思っていただければ。
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安藤:ものすごくわかりやすいたとえですね。スッと腑に落ちました。福士さんが主催者となり、さまざまな業界のクリエイターや会社代表、さらにはプロレスラーまで、多くの猛者たちを一堂に集めるわけですね。

福士:はい。ノリとしては『機動武闘伝Gガンダム』にも通じますね。各国の代表ファイターたちが拳と拳で語り合う……あんなノリを目指しています(笑)。安藤さんにもリングに立ってもらうわけですが、当然、初めての経験ですよね?

安藤:ええ。見る側ではなく、出る側になるのはさすがに初めての体験ですね。いったい何ができるものやらと、楽しみな反面ドキドキもしていますよ。

福士:そうですよね。たとえば、笹原さんなんかはキック、空手の経験者で現在も現役。クリエイターでありながらなかなかの実力者でもあるので、立ち技中心の舞台に立ってもらう予定なんですが、安藤さんに出ていただくパートは昔のハッスルや今の西口プロレスのようなエンタメ枠になります。

普段、格闘技の経験がないような方々ばかりですが、じつは大手ゲームメーカーの人も参戦されたりするので、自分のなかでは“ゲーム関係者による『KOF』”だと思っています(笑)。

安藤:そうおっしゃっていただいて、自分の立ち位置を理解しました(笑)。バトルロイヤルになるってことですかね。

福士:10人くらいでリングに立ち、最後まで立っていた方が勝者となるバトルロイヤルルールです。リングコスチュームなどもとくに指定はありませんので、Tシャツとジーンズといった大仁田厚さんスタイルでもいいですし、ドン・キホーテでコスプレを買ってきてもらってもいいです。前回の笹原さんは、空手の道着で参戦されていましたね。

安藤:経験者なんてほとんどいないでしょうから、かなりカオスなことになる予感がしますよ。

福士:まず第一に、ケガにだけは注意してもらえればと。あとはテンションマックスで楽しんでもらえれば何かが生まれます(笑)。

安藤:最初にお話を聞いたときは「これ、本当に実現できるのか?」と思っていた部分もあるのですが、ちゃんと形になりそうなところがすごいですね。これは福士さんだからこそなせることだと思います。

福士:ありがとうございます! 安藤さんにとって楽しい経験になってもらえれば僕も激烈にうれしいです。

■仕事に取り組む熱意はアニメやマンガの主人公からもらった

安藤:それでは最後に、福士さんのこれからの野望についてお聞きしたいと思います。子どものころから「好きなこと」にひたすら打ち込んでこられて、描いた夢を着実に実現させてきている福士さんですが、今後は何を目論んでいるのでしょう?

福士:まだ叶えていない夢はたくさんありますよ。まず、アニメ業界に入ったときに思ったのは「自分が好きな作品にはすべて携わっていきたい」なんですね。そういう意味でいえば『聖闘士星矢』には携わらせてもらいましたし、『らんま1/2』好きとしては『犬夜叉』に携われたのもうれしかった。そういった「好き」な作品のなかで、まだ携われていないのが『遊戯王』なんですよね。

安藤:『遊戯王』ですか! それはマンガが好きだったとか?
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福士:もちろんそうなんですけど、じつは僕、デュエリストでもあるので。そしてこの夢……最近叶いました!

安藤:叶ってるじゃないですか! しかもアニメ監督でありプロレスラーでもありデュエリストでもあるって、それ福士さん盛りすぎです。おもしろすぎる(笑)。

福士:僕は何かの打ち合わせで集英社さんを訪れる際は、必ず遊戯王のデッキを持参していくことにしています。いつどこでデュエルを吹っ掛けられるかわかりませんし、備えあれば憂いなしですよ。

安藤:いやいやいや、いくら集英社さんだからといっていきなりデュエルを申し込まれるなんてことは……え、あったんですか、過去にそんなこと?

福士:はい、まだないです(笑)。

安藤:(爆笑)

福士:でも、いつか「デュエルで勝ったら、お前に仕事を与えよう」みたいなことがあるかもしれませんから。そんな時、「ちょうどよかった、デッキならあります! やりましょう! 決闘(デュエル)!!」ってしたいじゃないですか。ちなみに打ち合わせとかで提案したこともあるのですが「あっ……福士さん、デュエルはしなくて大丈夫です」って言われております。

安藤:福士節ですね。おもしろすぎる(笑)。しかも当面の目標にしていた『遊戯王』に携わることも出来てしまった。想いが大本営に届いたという感じですね!

福士:ずっとアピールしていましたからね、「僕は『遊戯王』が本当に大好きです」って業界でも口に出し続けていました。その想いがようやく成就したって感じです。具体的には「ジャンプフェスタ2020」に出展された『遊戯王SEVENS(セブンス)』の映像に携わらせていただいております。

安藤:すごいじゃないですか。着実に夢をかなえていっている。やはり、夢や想いを口にし続けることって大事なんですね。

福士:間違いないですね。言ったもん勝ちって部分もあると思うし、本当に勝てる。そういう意味では、プロのデュエリストになりたいですね。まだ『遊戯王』にはプロライセンスはありませんけど(笑)。

安藤:でも、口にしておくことが大事。いつそういった制度が生まれるかわからないですからね。今の時代、何がどうなるかなんて誰にもわからないわけですから。

福士:あとはそうですね……大きなことを言わせてもらえれば、日本のアニメやCGの未来も背負っていきたいです。おもしろおかしく、世界に胸を張れる分野に成長させていきたい。

安藤:最近は中国をはじめ、世界中でアニメの技術が進んできていて、昔のように「ジャパニメーション」が圧倒的ってわけではないですからね。それを今一度復権させるというか、しっかりとした地位を確立したいってことでしょうか。

福士:そうですね。日本のアニメに関しては、すでに自分たちより上の世代の方々が世界に打って出て名乗りを上げ、きちんと認知度を高めてくださっていました。ですがその一方で、海外出張などに出かけると、海外のスタジオがおそろしくハイクオリティなものを作っているのを間近で見ることもあります。

このままでは、世界に負けてしまうという不安はかなりのものなんです。そんな状況のなかで我々にできることは、自分たちが楽しいと思うものを全力で作り上げていくこと。そしてそれを世界に発信し、認めさせていくことなんですよね。これはもう、我々世代が引き受けるべき局面にきていると思っています。
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安藤:今の話を聞いて、ちゃんと自分たちが楽しいと思えるもの、こだわりを盛り込んだもので世界と渡り合いたいというのが、いかにも福士さんらしいなと思いました。

福士:それこそが根っこというか、大切にしていきたいところですね。自分たちが笑えないと何も意味はないというか。むしろそうじゃないと、真の意味で楽しいエンターテインメントなんてできないんじゃないかと思います。

安藤:楽しいもの、笑えるもの、好きなものだからこそのめり込めるというのは、福士さんはすでに体現してこられてますから。説得力がありますね。ただ、それをさらに下の世代に継承していこうと思うと、なかなかたいへんだとも思いますけど(苦笑)。

福士:簡単じゃないですね。我々世代と今の若者世代では、そもそも触れてきたコンテンツからして違いますから、そこから学んでいることも全然違いますし。じつは最近、爆発的にブレイクしているジャンプの『鬼滅の刃』という作品があります。その主人公である竈門炭治郎(かまど たんじろう)というキャラクターは、どんな逆境でも挫けずにひたすら前を向き続ける、今の時代にはとてもめずらしいタイプの主人公で、僕はすごく好きなんですよ。

安藤:ひと昔前のジャンプ主人公って感じですね。

福士:この前、スタッフたちを集めて「炭治郎のような精神でクリエイターになれば、お前たちは無敵のクリエイターになれる! そんな気持ちで仕事に取り組んでもらえるとうれしいです」と標語を出したら、1人辞めました(苦笑)。

安藤:ええっ! そうなんだ……。

福士:責める気持ちはまったくないですが、僕なんかは物語の主人公にひたすら憧れて、彼らのように強くなりたくて、その背中を追いかけて生きてきました。何か辛いことがあっても「たしかに今はキツイけど、星矢たち青銅聖闘士(ブロンズセイント)は絶対に勝てないというレベルの差がある黄金聖闘士(ゴールドセイント)にがむしゃらに立ち向かっていった。俺もこんなところで負けるわけには絶対にいかない」って、歯を食いしばれたりしたんです。

安藤:そうですね。我々世代が触れてきた主人公たちは、才能に恵まれていようがいまいが関係なく、みな壁にぶつかっても弱音を吐かずに努力していました。それがエンターテインメントの柱だった。たいして、最近のエンターテインメントは最初から主人公がチート級の強さを持っていたり、異世界に転生することでいきなり能力に覚醒したりと、逆境に直面しても歯を食いしばって耐え抜く描写は少ないですね。

「人生とは自分で勝ち取っていくものなんだ」という、我々がかつてマンガやアニメ、ゲームで教えてもらったことに、今の若者たちは触れたくても触れられない可能性がある。となると、それを理解してくれというのはなかなか難しい話ではありますね。

福士:まさにそのとおりだと思います。修羅場をくぐっている人間たちの会話って、それを聞くだけでしんどい人もいるようですし。でも、実際のところ世界はそんなに優しくはないし、残酷なことだってめちゃくちゃある。そこで危機に直面したときに、諦めても何も生まれない。歯を食いしばって、ピンチの時こそニヤリと笑って立ち向かったり耐え忍んだりしていくしかないじゃないですか。

そういうことを、僕たちはアニメやマンガで教わってきましたから。この考え方は古いとか、流行じゃないと言われるかもしれませんが、今一度エンターテインメントで「逆境を乗り越えていくカッコよさ」を伝えていくことも、僕たち世代の使命なのかもしれませんね。

安藤:音楽やファッションだってそうですけど、いずれは一周回って今古いと思われているものにスポットが当たる瞬間は来ると思います。我々はブレずにやっていくことしかできませんよね。少なくとも、福士さんには自分が楽しいと思えるもの、やりたいことを貫きとおしてもらえればと思いますよ。

福士:そうですね。僕にはそれしかできませんし、ずっとそうやって生きていくつもりです。

安藤:今日はお話が聞けて楽しかったです。本当にありがとうございました!


テキスト:タダツグ(Tadatsugu) シシララTV編集部、電撃編集部などで活動中のゲームライター/編集。生放送にも出演中。いつまでも少年の心を忘れないピーターパン症候群を自認するケツ合わせ系テキスト書き。好きなゲーム:『NieR』シリーズ、『ヴァルキリープロファイル』シリーズ、『スターオーシャン』シリーズ、『メギド72』など。

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