夢中になれることが才能……「情熱」こそがヒットにつながる/イラスト制作・漫画制作の株式会社フーモア代表・芝辻幹也さんvsゲームDJ安藤武博対談【前編】
イラスト製作のクラウドソーシングで、近年急成長を遂げている株式会社フーモア。2015年には3億円の資金調達にも成功し、乗りに乗っているフーモアの社長が芝辻幹也さんです。そんな芝辻さんの企業サイトの自己紹介や名刺には「CEO 兼 漫画家」という文字が。芝辻さんの本業は社長? それともマンガ家? この一風変わった肩書きのマンガ家社長に、ゲームDJ安藤武博が起業ストーリーをお聞きしていきます!
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▲安藤武博(写真左)、芝辻幹也さん(写真右)。
■マンガ家を目指していたはずなのに、東工大からアクセンチュアへ

安藤武博(以下、安藤):芝辻さん、名刺に「代表取締役/CEO 兼 漫画家」って入っていますね。おもしろい肩書きです。

芝辻幹也さん(以下、芝辻):いやあ、私はマンガ家になりきれなかった社長なんですよ。マンガ家になる人って、それ以外の道を考えずに突き進むケースが多いと思うんですけど、私は結局まわりを説得できなくて、普通に進学、就職しちゃったクチです。

安藤:まわりというと、ご両親とかでしょうか。

芝辻:そうです。親に「マンガで食べていくのは大変だから、大学には行っておきなさい」と言われて、説得されてしまったんです。で、せめて東京に出ようと思って東京工業大学に入ったら、今度は勉強や研究が大変でぜんぜんマンガを描く時間がとれなくて。大学に行ったら遊べると思っていただけに、ちょっと計算が狂いました(笑)。

安藤:国立大学の理系は、勉強が大変ですよね(笑)。

芝辻:そうしてそのまま大学院に進学しつつ、時間を見つけてマンガを描き、賞に応募したりしてたんですが、どこにもひっかからなくて。気がついたら26歳になっていたんです。で、これはもうダメだとマンガ家の道を諦めて、アクセンチュアというコンサルティング会社に就職しました。

安藤:それはまたゴリゴリのビジネスサイドに舵を切りましたね。会社員になってからは、まったくマンガは描いてなかったんですか?

芝辻:社内で自己紹介をするときに、パワポにマンガを入れたりはしていましたが、それくらいですね。ある日上司に「俺が昨日見た夢、マンガにしてくれよ」と言われて、それを描いたりして。で、その上司には「すごいじゃん、マンガ家になったらいいのに。応援するよ」と言ってもらえたんですけど、自分としてはそのリスクを選択することができず、そのままズルズルと働いていました。
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安藤:アクセンチュアではどのくらいの期間、働いていたんですか?

芝辻:1年と2ヶ月ほどです。そこでまた転機があって。当時、家賃3万円の家に男4人でルームシェアをしてたんですよ。その同居メンバーが、「起業するぞ、お前もどうだ」と誘ってくれたので、一緒に会社を立ち上げることにしました。会社を辞めて起業するって、一見、リスクをとってるように見えるかもしれませんけど、実はやっぱり人の決断に乗っかってるだけなんですよね。まだ若いからここで失敗しても大丈夫かな、とは思っていましたけど。

安藤:どんなメンバーで起業したんですか?

芝辻:ひとりは野村総合研究所で5年、もうひとりは商社の営業として4年働いていた人でした。私だけ1年ちょっとの社会人経験で、何もできないんですよ。財務も、システムも、経営戦略も、何もわからない。「何か一つでも自分の得意分野をつくらないと」と考えて、このときは事業に役立ちそうなソーシャルメディアマーケティングの勉強をしました。この経験から、「会社はつくろうと思えばつくれるんだ」ということがわかった。そこで、もうちょっと起業のことを学びたいと思い、事業を譲渡したタイミングで、トライバルメディアハウスというマーケティングのベンチャー企業に転職しました。

安藤:なんだか、マンガからどんどん離れてきましたね。
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■やりたいことをやらないほうが、リスキーだと思った

芝辻:じつは、ここから近づいていくんです(笑)。その当時、一応イラストは描けるので、個人でウェディング用のウェルカムボードなどを受託制作していました。そんなある日、結婚式参列者の80人全員の似顔絵を描いて欲しいというオーダーを受けたんです。依頼者は、とあるIT企業の社長。正直、80人ってけっこう大変だったんですけど、描いて納品したらとても喜んでいただき、結婚式にも呼んでいただけたんですよ。そうして当日会場で、その似顔絵がiPadの席次表に使われているのを見たんです。自分の似顔絵をクリックすると、新郎新婦からのコメントが読める形になっていました。

安藤:それは盛り上がりますね!

芝辻:そう、みんなそれを見ながら「わー、似てるね!」「◯◯さんのほうが似てるよ!」とすごく楽しそうだったんです。で、絵の力ってやっぱりすごいと実感して、似顔絵を事業にできたらおもしろいなと思いました。そこで、その事業をやるために2011年、フーモアという会社をつくったんです。

安藤:今度は、自分でリスクをとったわけですか。

芝辻:この頃から、「やりたいことをやらないほうがリスキーだ」と思うようになったんですよ。前は、「生活できなくなる」ことが最悪の事態だと思っていました。でも、生活って仕事をすればなんとかなるものなんですよね。それよりも、やりたいことをやらないで、50歳くらいになったときにマンガを描かなかったことを後悔するほうが怖いと思ったんです。だから、少しでもマンガに近いことをやろうと考え、思い切って起業することにしました。
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安藤:創業当時は、結婚式からヒントを得た似顔絵の事業をやっていたんですか?

芝辻:そうです。私が描いた顔のパーツを自由に組み合わせて、アバターみたいな感じで似顔絵がつくれるサービスを提供していました。でも、似顔絵にお金払うってよく考えるとあまりニーズがないんです。つまり、よく考えずにビジネスを始めてしまったわけで、すぐに見込みがないことがわかりました。で、じつはその頃、病院のレセプト(診療報酬明細書)の処理を楽にするコンサル事業とかもやっていたんですよね。

安藤:なんでまた(笑)。再びマンガから離れていってますよ?

芝辻:そうなんですよ(笑)。たまたま声かけられて、アイデアがあったからやってたんですけど、マンガと何も関係ないから精神的にしんどいんですよね。キャッシュは手に入りますけど、これをやった先に何があるのかというと、何もない。悩んでいたなかで、オフィスを間借りしていた株式会社マイネットの社長・上原仁さんから、ゲームイラストの仕事がきたんです。そして、「君はまだ何も事を成してない。ある程度の規模になるまでは、この仕事に集中しなさい。そうしたら、ぐっと事業が伸びるから」と諭されました。その言葉を信じてやり続けたら、ある日本当にぐわーっと伸びて、「選択と集中とはこのことか」と思ったものです。

安藤:それが今のフーモアの主力事業である、イラスト制作のクラウドソーシングなんですね。

芝辻:はい。フーモアに登録してくださっている作家さんが6000名以上いて、今は月に1000枚くらいのイラストを制作しています。フーモアにはディレクターとアートディレクターがいて、クリエイターに依頼したイラストの進行管理やディレクションをしているんです。で、いよいよ2015年からはイラストのノウハウを活かして、マンガの製作も始めました。

安藤:おお! ついにマンガにたどり着きましたね。

芝辻:6年越しです。今もってすごくやる気がみなぎっています。

■情熱を込めてプレゼンすれば、3億円の出資が受けられる……かもしれない

安藤:そもそもなぜ、そこまでマンガが好きなんですか? 芝辻さんがマンガを描くようになったきっかけとは?

芝辻:小学校2年のときに、週刊少年ジャンプを読んでたら『ドラゴンボール』で悟空が超サイヤ人に変身したシーンに衝撃を受けたんですよ。すげーかっこいい! と思って真似して絵を描いたところ、隣の席の当時僕が好きだった女の子が「うまーい!」って言ってくれて。それがうれしくて、毎週『ドラゴンボール』の表紙を描くようになったんです(笑)。そこからですね。
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安藤:小学生の男子ってものすごく単純ですから、好きな女の子から褒められたら、それはがんばって描いちゃいますよね。

芝辻:ストーリーのあるマンガを描き始めたのも、その女の子が「お話も書いてみたら?」っていったからなんですけど(笑)。最初は、『覇王大系リューナイト』の二次創作をしていました。二次創作っていうほどでもなくて、自分で続きの話を勝手に考えて描くみたいな感じですけどね。

安藤:小学生で二次創作はすごいですよ! フーモアでは事業としてマンガを制作しているんですよね。マンガというと、マンガ家さんが一人で描くものというイメージがありますが、具体的にはどういうふうに、何人くらいで分担して作業しているんですか?

芝辻:そもそも「マンガは一人で描くもの」という前提が違うんじゃないかと考えたんです。従来はマンガ家が、企画、ネーム、下書き、ペン入れ、仕上げの全部をやっていたんですよね。これって映画で言えば、企画、脚本、絵コンテ、演出、撮影、演技、映像編集の全部をやってるようなもの。それら全部を高いレベルでできるのは、一部の天才だけだと思うんです。だから売れるマンガ家は少ないし、そもそも量産もできない。だんだん作画と原案が分かれている作品も増えてきましたが、超大ヒットする作品って、やっぱり一人で描いているものが多いのが現状ですよね。

安藤:『ドラゴンボール』や『ワンピース』、『NARUTO』に『進撃の巨人』に『キングダム』と……たしかにそうですね。

芝辻:だったら、分業制を確立すればいいと思ったんです。それぞれの分野で高い技能を持っている作家さんを組み合わせ、うまくディレクションすれば、天才に匹敵する作品が作れるんじゃないかと。幸いにもフーモアには、イラストレーターさんがたくさん登録してくれている。だから、そのイラストレーターさんに作画をやってもらえばいい。そして、シナリオライターとネーム創作者を見つけてマッチングすればいいと考えました。でも、これがなかなか難しいんですよね。マンガ家になりたい人って、分業じゃなくて全部自分でやりたい方が多いんです。だから、マンガ専門のシナリオライター、ネーム創作者はまだいない。イラストレーターはイラストレーターで、マンガの作画とは職能がちょっと違いますしね。だから、今はマンガ専門のクリエイターをそれぞれ育てている、という感じです。
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安藤:なるほど。

芝辻:あと、もうひとつ足りないものがあると思っていて。それが「情熱」です。

安藤:「情熱」ですか? それは何かを生み出すクリエイターにとっては必須のものだと思うのですが。

芝辻:ええ・安藤さんが作っているゲームもそうだと思うんですけど、何かを創るときは圧倒的な情熱を注げる監督的立場の人がいないとダメなんですよね。いなくても、それらしいものはできます。でも、それが圧倒的な人気につながるかというと、絶対につながらない。私は、情熱という旗を振ってこそヒットにつながると考えている人間なので、人を束ねる存在は絶対に必要なんです。

安藤:わかります。情熱を注いでつくったものは、受け取り手としても伝わってくるものが違うんですよね。

芝辻:これ、起業についてもそうだと思うんですよね。クリエイターが人の心を動かすコンテンツを生み出すのも、起業家が事業を成功させるのも、同じく情熱が必要。私は今回、このマンガ事業のために資金調達をしたんですけど、成功するかどうかなんて誰もわからないじゃないですか。でも、こいつに賭けてみようと思ってもらえたから、何もない自分でも資金を調達することができた。それは私から、情熱を感じてもらえたからだと思うんです。
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安藤:ちなみに、資金はどれくらい調達されたんでしょう?

芝辻:約3億円です。

安藤:3億円!! 3億円を調達したマンガ家というは、世界で初めてではないでしょうか(笑)。根がクリエイターなのにお金も引っ張れるというのは、芝辻さんならではの稀有な才能だと思います。

(後編へ続く) 後編はコチラ→世界に目を向ければ天才でなくてもマンガ家として食べていける

テキスト:崎谷 実穂(Sakiya Miho)
新卒で入社した人材系企業でコピーライティングを、転職先の広告制作会社で著名人・タレントなどの取材記事を担当し、2012年に独立。ビジネス系の記事、書籍のライティングを中心に活動。趣味は将棋で、アニメ・マンガ(BL含む)もわりとよく観る&読む中途半端なオタク。

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