ゲームやアニメの世界観をより豊かにするための音楽制作とは──MONACA・岡部啓一×ゲームDJ 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第1回・前編】
ゲームを語るうえで欠かすことのできないもの……それは“音楽”。これまで数々の名曲ゲームサウンドが、プレイヤーに大きな感動を与えてきたことは誰もが認めるところだろう。ここでは、そんなゲームサウンドを生み出すサウンドコンポーザーたちの生の声を、音楽をテーマに取り上げたiPod向けのゲーム『ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律』やヘビーメタルをテーマにしたバラエティ番組『ヘビメタさん』などをプロデュースし、自身も私生活でバンド活動を行っているゲームDJの安藤武博が切り取っていく。
最初の対談相手は、サウンドクリエイター集団・MONACAの代表取締役を務め、数々のゲームサウンドを手掛けている今最も“波に乗っている”音楽作家の1人、岡部啓一氏。対談の前半では、ほかのゲームメディアでは決して読めないであろう、ディープな音楽論が展開していく!
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岡部啓一氏(写真左)
サウンドクリエイター集団・MONACAの代表取締役。これまでに数多くのゲームサウンドや、アニメサウンドの制作を手掛けてきている。おもな代表作は『NieR』シリーズや『シノアリス』、『鉄拳』シリーズなど。


■サウンドコンポーザー・岡部啓一の作曲スタンスや使用楽器

安藤武博(以下、安藤):岡部さん、ご無沙汰しております。この春に『NieR:Automata』の生放送で、シシララTVにお越しいただいて以来ですね。本日はよろしくお願いします。

岡部啓一氏(以下、岡部):こちらこそ、本日はよろしくお願いします。

安藤:今回はMONACAさんのスタジオにお邪魔しているわけですがが、岡部さんは普段こちらで作曲をされているのでしょうか?

岡部:そうですね。ただ、このスタジオ自体は共有スペースになるので、ほかのスタッフが使っていることもあります。自分はノートPCで楽曲を制作するので、正直、あまり場所は選ばないですね。

安藤:岡部さんはノートで作曲されているんですね。

岡部:ひと昔前は、自宅と事務所のデスクトップで作曲していたんですけど。データのコピーをとり忘れて作業が出来なかったりしたことが多々あったため、ノートPCに鞍替えしました(笑)。キーボードなどの機材は家と事務所の両方に用意していますし、スペック的にはノートPCで十分なんです。音楽制作にはメモリやハードディスクといった記憶装置のスピードが重要でしたが、SSDが登場したことでそこらへんのスペックには困らなくなりましたね。

安藤:DTM(※1)のソフトはなにを使っていらっしゃるのですか?

(※1)DTM……デスクトップミュージック。パソコンと電子楽器をMIDIなどで接続して演奏する音楽、あるいはその音楽制作行為の総称として用いられる。DTMソフトとはその名のとおり、DTMに用いる制作ソフトのことを指す。

岡部:僕はLogic(※2)です。最初はVision(※3)を使っていたのですが、残念ながら開発中止になってしまったのでLogicに変えたんですよね。

(※2)Logic……アップルによって開発・販売されている音楽制作ソフト。
(※3)Vision……Opcode開発の音楽制作ソフト。1999年に販売、並びに開発も終了した。


安藤:岡部さんがこの業界で働き始めたときには、既にDTMによる音楽制作はスタンダードだったのでしょうか?
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岡部:ちょうど移行するぐらいの時期に業界へ入りました。そのころは打ち込み(※4)専用のハードウェアシーケンサーと、シンセサイザーを使っている人も多かったです。自分は就職活動の直前ぐらいにMacを購入して、DTMで制作していました。面接のときに「Macで曲を制作しています」と自慢げにアピールしたことを覚えています(笑)。

(※4)打ち込み……ミュージックシーケンサーなどに前もって演奏情報を入力しておき、それを再生することで演奏を実現させること。多くの音をコントロールしておけるので、少人数でのライブなどで用いられることも多い。

安藤:ハードウェアシーケンサーとDTMで、アウトプットの違いを感じることはありますか?

岡部:顕著にありますね。僕が最初に購入したシンセは同時に8音しか出せませんでした。左手のベースのドと、右手のド・ミ・ソのメロディに変音を加えてシを入れるとそれだけで5音。これだと次のコード(※5)に余韻が残ってしまうので、ドを削るかソを削るか……そんな悩みが尽きない状況だったんですよね。

それに対して、PCで作るDTMはそんな制約を気にしなくていいですから、そのぶん出来ることは格段に増えました。今の若い人たちは最初からその環境に身を置けるわけで、恵まれていてうらやましいです。ただ、制限のなかで試行錯誤した結果、いいメロディが偶然できることもありましたので、一概には言えないんですけどね。

(※5)コード……「chord」。2音以上の音が同時に鳴ったときに生み出される音の響きのこと。

安藤:制限に立ち向かったからこそ生まれた奇跡。ゲーム制作の現場でも、ままあることですよね。

岡部:どちらも一長一短だとは思うんですけどね。制限があったからこそ生まれたものはもちろんありましたが、ハードウェアの進化で制限がなくなったときも、「今まで出来なかったこの部分を生かして曲を作ってみせるぞ!」といった、モチベーションの上昇で生まれたサウンドもまたあるわけで。これもきっと、ゲーム制作も一緒なんじゃないでしょうか。

安藤:たしかに。

岡部:個人的に、ハードウェアの進化を目の当たりにしながら音楽の制作を続けてきたことは、とても意味のあることだったと思っています。単純に“なかったから良かった”というわけではなく、“ないからこそアイデアがあった”と考えたいです。

安藤:では、この現在の状況のなかで、敢えて昔のアプローチを復活させようと思ったりすることもあるのでは?

岡部:そうですね。80年代風の曲を作ろうと思ったときは、自分の感覚を蘇らせるためにも、昔のシンセを引っ張り出したりします。そのときに昔の機材がどれだけ不便だったかを、鮮明に思い出すんですけど(笑)。
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安藤:あるあるですね(笑)。では、岡部さんがこれまで使ってきたシンセでお気に入りのものはなんでしょう?

岡部:いろいろなメーカーのシンセを使ってきて、それぞれ好きな部分はあるのですが、Rolando(※6)のDシリーズ……とくにD-70は思い入れが深いです。あきらかに不便なところもたくさんあったんですけど、それを味として受け止め、愛していました。あとはSUPER JUPITER(※7)も思い入れが深いですね。

(※6)Roland……日本の大手電子楽器メーカー。1972年創業。Dシリーズは多くのサウンドクリエイターに愛されてきた名機。
(※7)SUPER JUPITER……Rolandの“JUPITER”シリーズと呼ばれるシンセサイザーの一台。Roland MKS-80のこと。


安藤:SUPER JUPITERもRolandですよね。岡部さんがRoland愛好家だったとは。

岡部:Rolandの往年の名機などもいくつか触ってきたのですが、このSUPER JUPITERがいちばん馴染みました。僕はMONACAを立ち上げる前はナムコに所属していたんですけど、会社に「お願いだからこのシンセを買ってください! この音が欲しいんです!!」とお願いして購入してもらったのがこのSUPER JUPITERだったんですよ。思い入れというか、愛着があります。

安藤:シンセを数多く触ってきたということは、岡部さんは音色(※8)から作ることも多いんですか?

(※8)音色……「おんしょく」と読む音楽用語。

岡部:そこらへんは、関わるプロジェクトによって変わってきますね。たとえばアイドル作品であれば、アイドル曲特有の様式美がすでに確立されており、求められる音色も決まっているため、それらのプリセットを使うことが多いです。対して、たとえば『鉄拳』のようなゲームの場合は、ダンスミュージックやラウドロックのなかに個性を入れるためのリフ(※9)や音色を作ったりもします。

(※9)リフ……リフレイン。短めで印象的なフレーズを繰り返し演奏すること。主にドラムやベースなど、リズムセクションの楽器によって演奏され、楽曲の基礎や伴奏として成立するものを指す。

安藤:岡部さんはリフから楽曲を作っていくスタイルなのでしょうか?

岡部:そこもプロジェクトによって変化します。『NieR:Automata』の場合は、メロディとコードをひたすら練りながら作りました。この作品はひとつのメロディでいろいろなヴァージョンの曲を作る必要がある、ちょっと特殊なプロジェクトだったんですけど。どんな音色でも「いい曲だな」と思ってもらえるようなメロディラインを作らなければなりませんでしたので、やりがいはあるものの、大変な作業なんですよね(苦笑)。
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安藤:ジャンルによって作りかたが異なるんですね。ロックミュージシャンのなかには「リフはできるけどメロディが書けない」という人がいたり、逆に「メロディは書けてもリフをどうしようか迷う」という人もいたりするので、岡部さんがマルチな才能をお持ちであることがわかります。

岡部:安藤さん、持ち上げ過ぎです(笑)。今は1人で全部やってしまう人もたくさんいますから。でも、昔は作曲者と編曲者が分かれていて、メロディとコードが作曲、リフが編曲の役割になっていて、それぞれを得意な人が担当していましたね。

■“職業作家”として立ち続けることの意義と意味

安藤:では、岡部さんが作曲を手掛けるうえでの心構えを教えてもらっていいですか?

岡部:これは色々なメディアさんのインタビューで答えてきたことなんですけど、私は自分のことを“職業作家”だと思っているんですよ。アーティストは「自己表現を形にする」というクリエイティブな職業ですが、私はクライアントから「こういうものを作ってほしい」と依頼されたものに応えることを意義と考えているので。

安藤:だからこそ“職業作家”であると。

岡部:ええ。とはいえ、勘違いしてほしくないのは、「依頼されたものをそのまま作る」という意味ではないってところです。私たちに求められているのは、「母体となるゲームやアニメの世界観をより想像力豊かにするための音楽を作ること」だと思うので、その依頼に応えるため、時には自分の意見を強く押し出す瞬間もありますよ。

安藤:音楽はゲームやアニメの世界観を作るうえで、絶対に欠かすことができない大事なピース。プロデューサーとしては、そういった認識をしっかり持ってくれているサウンドクリエイターと一緒に仕事が出来るのは、ものすごく頼もしいことなんです。岡部さんの音楽は、まさにその“世界観を作る”役割の一端を担っていると思います。

岡部:ありがとうございます。職業作家という言い方をすると「仕事として淡白に音楽を作っているんでしょ?」と、誤解されてしまうことも多いのですが……。ファンのみなさんに作品を楽しんでいただくことを第一に考えている、その結果ゆえのスタンスなんです。そのため、期待に応えることはもちろんですが、いい意味で「裏切られた!」と思ってもらえるような要素が入れられるよう、常に頭をひねっています。
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安藤:そうじゃないとおもしろくないですし、そのアクセントがあるからこそ、より世界観に味付けがなされるですよね。ところで、岡部さんのなかで作曲のアイデアは常にストックされているものなんですか? 手掛けられている作品数がとにかく膨大ですし、アイデアのストックなんてすぐになくなってしまうのでは。

岡部:そうですね。基本的にアイデアのストックはありません。そんな余裕はないというか、目の前の仕事に全力投球というか(笑)。ただ、現在は1人で曲を作ることが少なくなってきていて、MONACAの何人かでチームを組んで取り組むことも増えてきました。そのなかでほかの人が作った曲を聴いて、「なるほど、こういうアプローチはおもしろいな」と驚かされることも多々あり、それが自分の新たなアイデアに繋がっていくことも多いです。

安藤:それはチーム制作ならではの手ごたえだといえそうです。

■譜面を書けなくても、演奏が出来なくても作曲家になることはできる?

安藤:ここであらためてお聞きしたいことがあって。岡部さんは譜面を書いたり、バリバリに演奏をこなしたりはされるのでしょうか?

岡部:曲は打ち込みをしながら作りますので、譜面を書くのは得意ではありません。恥ずかしながら、演奏のほうもさほど上手ではないんですよ。ガッカリさせてしまうかもしれませんが(苦笑)。

安藤:そんなことはありませんよ。むしろ、おもしろいお返事をいただけたと思います。

岡部:どういうことでしょう?

安藤:岡部さんのお答えを解釈すると、サウンドクリエイターにとって譜面が書けることや楽器の演奏技術はプラスになることは多いものの、必須の能力ではないのではないか……そう思えるんです。事実、業界内にそういったサウンドクリエイターは少なくない。

でも、作曲家を目指している人のなかには、それらの技術が伸び悩んでしまったことで、道なかばにして諦めようとしている人もいると思うんです。そういった人の背中を押せる言葉をお聞きできた気がしました。
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岡部:それは安藤さんのおっしゃるとおりだと思います。譜面を書く能力や演奏技術というのは、あると有利になる局面もありつつ、必須の能力というわけではないと思います。私自身がそうなので(苦笑)。正直、ここらへんはこれまでの音楽との携わり方や、目指す立ち位置によって変わってくると思うんですよね。

幼いころからピアノなどを習ってきたような人たちは、譜面を書くことや演奏は得意でしょう。ピアノは譜面を完全再現し、そこから作曲者の意図を表現していくことになるわけですから、ある意味必須の能力ですし、そこに長けている人こそが演奏家としての生業を得ることができます。対して、作曲家は楽器を弾くことがメインになるわけではありません。頭の中に思い浮かんだ音楽を形にできるかどうか……そこに尽きると思います。

安藤:その言葉に勇気をもらえる人、少なくないと思うんですよね。ちなみに、岡部さんはどのように音楽をはじめられたのですか?

岡部:最初はヤマハ音楽教室に通っていました。途中からピアノとエレクトーンのコースに分かれるのですが、自分はエレクトーンのコースに行きました。

安藤:そうなんですね。じつは、わたしもエレクトーンのコースに通っていたんですよ。

岡部:おお。エレクトーンはピアノよりもカジュアルでしたよね。

安藤:そうですね。自動伴奏などもありますし、自然に曲のアレンジなどをやるようになりますね。

岡部:はい。ピアノとエレクトーンではそもそもの概念からして違いますから。私が幼少期にエレクトーンを触ったことは、後の人生に多大な影響を与えていると思います。

安藤:なるほど。

岡部:エレクトーンはメロディさえ打てれば、あとはコードだけ見ていれば形になりますからね。ピアノに比べると譜面に対する依存度が低いんですよね。

安藤:確かにそうですね。

岡部:バンドをやっていたときは譜面ありきでやっていたのですが、そこからどんどんDTMの方向へ進むことになったのは、そういったエレクトーンの特性に慣れ親しんできた過去があったからこそかと。
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安藤:岡部さんはバンドをやられていた時期もあるんですね。

岡部:高校の頃に「BOOWY」のコピーバンドなんかをやっていました。

安藤:バンドではキーボードを担当されていたんですか?

岡部:そうですね。ただ、いくつかのバンドを掛け持ちしていたので、ドラムもやっていたりいました。幼いころからガッシリした体型だったこともあり、ヤマハの発表会でドラム担当にされたりしていたので(笑)。

安藤:体格のいい人は野球でいうとキャッチャーを、バンドでいうとドラムを任されやすいというのはありますよね。あれはいったいどこからきたものなんだろう。

岡部:謎ですよねぇ……。

安藤:ここで話を戻しますが、やはりコンポーザーにとって、楽譜はそれほど重要じゃないということでいいんですよね?

岡部:そうですね。あくまで私個人の意見ですが、楽譜はコミュニケーションツールだと思っています。作る人間と演奏する人間が違う場合、それを見て音を伝達する方法のひとつでしかない。極端な話をすると、曲が作れて演奏もできるという人にとっては、それを記憶できる媒体さえあれば譜面なんていらないんですよ。

安藤:料理のレシピとも似ていますね。誰にでも理解できるように噛み砕いた、共通言語でしかない。

岡部:はい。今の時代は打ち込みや録音などいろいろな方法で曲を作れますが、いちばんわかりやすく間違いのないものが譜面なんです。そのため、譜面が読めるに越したことはありませんが、譜面ができないからといって音楽活動ができないということはないです。それを理由に道を諦めるなんて、もったいなさすぎますよ。

安藤:今の時代、コンピュータが譜面を作ってくれたりもします。

岡部:そうですね。いざとなったらほかの演奏者に頼ることもできるわけですし(笑)。経験を積んでいけば、「これはピアノでやるなら簡単だけど、弦楽器で再現するのは難しいな」といった部分も体感でわかるようになってくるので、譜面が賭けなくてもメロディを作れるようになると思います。

音楽業界というものを硬く考えている人も少なくないかもしれませんが、意外とそこらへんは緩いので、思うところがあるのであれば、恐れることなく飛び込んできてほしいですね。

(後編へ続く)

後編はコチラ→互いを引き上げていける存在こそがモチベーションにつながる

テキスト:カワチ(Makoto Kawachi) 1981年生まれ。ライター。ビジュアルノベルに目がないと公言するが、本当は肌色が多けれななんでもいい系のビンビン♂ライター。女性声優とセクシー女優が大好き。
ツイッターアカウント→カワチ@kawapi
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