組織を離れた自分に何が作れるのか試してみたくなった──川田宏行×安藤武博 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第4回・後編】
長らくナムコ(現・バンダイナムコスタジオ)のサウンド担当として、ゲームミュージックファンに愛され続けてきた川田宏行氏。2015年、突然の独立に驚いたファンも多かったが、現在はオリジナルアルバムの制作を精力的に続けつつ、リスナーとの交流も積極的に広げている。そんな川田氏のナムコ時代から現在に至るまでの歴史を追っていく対談が実現! 後編の今回は『ダンシングアイ』のお話やオリジナルアルバム制作の話をお届けします。
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川田宏行氏(写真左)

1984年にナムコ(現・バンダイナムコスタジオ)に企画として入社し、後にサウンド部署へと異動。デビュー作の『スターラスター』をはじめ、システムIの1作目となった『妖怪道中記』や、多くのゲームミュージックファンを虜にした『ワルキューレの伝説』など、多数のゲームサウンドを手掛ける。2015年に独立し、引き続きゲームのサウンド制作に関わる傍ら、オリジナルアルバムの制作も行っている。


前編はコチラ→『ワルキューレの伝説』の「メインテーマ」はレジュメに書き込まれて生まれた

■クリエイティブに必要な「偉い人に怒られるくらいの意気込み」

安藤武博(以下、安藤):川田さんって『ダンシングアイ(※1)』のサウンドも関わられていますよね。わたしはリリース当時、大学生だったのですが、恥ずかしくてあまりゲーセンではプレイできませんでした(笑)。

(※1)『ダンシングアイ』……プレイヤーキャラである猿を操作し、3Dポリゴンで構築された女体の上を動き回って服を切り取り、下着姿にしたらクリアという斬新なゲーム性が話題となった。

川田宏行さん(以下、川田):わかります(笑)。『ダンシングアイ』は当時「ナムコご乱心」とすら言われたゲームでしたから。とにかくステージ数が多いゲームだったので、みんなで「お祭りだーっ!」ってノリで、サウンドチーム総出で分担して作っていきました。お互いがどんな曲を作るのかが楽しみで。みんなで作るっていうことは滅多にないので盛り上がりましたね。

安藤:エレベーターガールの女性がエレベーターの中で半裸になって、フィギアスケートみたいに踊っているステージがあったと思うのですが、あそこのBGMがワルツで(笑)。見た目とサウンドのイメージは違うはずなのに、なぜか雰囲気があっていて驚いた記憶があります。

川田:そういった曲を現場では最高に面白がって作っていましたからね。

安藤:後にも先にも『ダンシングアイ』みたいなゲームはもう出てこないでしょうね。

川田:またやって欲しいですけどね(笑)。『ダンシングアイ』のような面白いチャレンジって、ゲーム業界としても必要だと思います。

安藤:今なら女の子ももっと可愛く表現できますしね! ちなみに『ダンシングアイ』の企画が生まれた経緯などはご存知でしょうか?

川田:経緯まではちょっと。思い付いちゃった企画者には拍手ですね。通常ならプロトタイプの発表会を何回かやって製品リリースにつなげていくんですけど、社内の掲示板に貼ってあった発表会案内のチラシを見た会社のお偉い方々が、いたくお怒りになられていたと聞いたことはあります(笑)。

安藤:やはり怒られたんですね(笑)。でも、怒られてよかったのではないでしょうか。むしろ、偉い人に怒られるくらいやらないとダメだと思うんです。「これでいいんじゃない?」って言われているようでは、お客さんを驚かすことはできませんから。『ダンシングアイ』は、今TVで紹介されたらめちゃくちゃバズると思います。アーケード版しか出てないし、知らない人も多いところが残念です。

川田:今日はこんな話になるなんて予想もしていなかったから楽しいなぁ(笑)。ちなみに安藤さんがエニックス、そしてスクウェア・エニックス時代に怒られたエピソードも教えてもらえます?

安藤:わたしも会社にたくさん怒られましたよ。とくにPS2で『ヘビーメタルサンダー』を作った時が一番怒られましたね。自分が好きな人たちをたくさん集めて、お金をいっぱい使ったのに売り上げが振るわなくて、当然ながらこってりと(苦笑)。あとは『疾走、ヤンキー魂。』の時も怒られましたね。

川田:『疾走、ヤンキー魂。』はなんで怒られたんですか?

安藤:スクウェアとエニックスが合併してすぐに発表したタイトルだったので、いろいろと注目されていたんですよ。私はエニックス側の人間だったんですが、ゲーム内容的にそれまでのスクウェア側にはまったくなかったもので。公式祭斗(サイト)にアクセスすると、暴走族のホーンミュージック……いわゆる「パラリララリラパラリララリラ」っていうアレが鳴るようになっていたんですけど、そのうちのひとつが『ゴッドファーザー』のテーマになっていまして。それに気づいた法務部から「これはダメです!」とすごく怒られました(笑)。じつは「これ、ホーンなんですけどダメですか?」って粘ったんですけど、通りませんでしたね(笑)。

川田:いやいや、それは当然ダメでしょう(笑)。

安藤:あとは『疾走、ヤンキー魂。』のゲームアイコンが菊花紋章だったんですね。それを見た開発の方が「これ大丈夫なんですか?」って言ってきて。もしかしたら怖い街宣車が会社の前に来ちゃうかも……と思ったので、法務知財の方に調べてもらったんですよ。そしたら皇族の方々の菊花紋章は花弁の枚数がきちんと決まっているらしく、『ヤン魂。』の菊花紋章はそれとは違っていたので、そのまま使っていいよとなりました。もちろんイメージはあくまでヤンキーの刺繍ですからそのような意図もないわけです。だからこれに関しては、意外と怒られなかったという(笑)。

川田:それはためになることを聞きました(笑)。

安藤:やっぱり、攻めてる時は周りがざわつかないとコンセプトや個性が生きないなと思います。怒られるくらいではないとダメだと思いますし、怒られたということは、それだけクリエイティブな仕事をしている証拠だとも思うんですよ。あとは会社や偉い人の愛があるからこそ怒られるというのはありますね。
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川田:世に出たナムコの今や知らない人はいないくらい有名なゲームでも、開発途中の発表会などでは酷評されたり、振り向きもされなかったゲームがありましたからね。

安藤:川田さんもそういうご経験があるからこそ、新しいことにチャレンジし続けておられるんでしょうね。

川田:本当にそうですね。チャレンジングな部分がないと面白くないじゃないですか。攻めていないものを作る性格じゃないので、いいとか悪いとか、理屈ではないんですよね。

安藤:企画からはどれだけすごいものが出てくるんだって期待しつつ……。

川田:そこに対して、サウンドもさらにかぶせて応酬していく。

安藤:その重ね合いこそが、これまでにない新しい何かを生み出していくことになるんですよね。

■ワンダーエッグのサウンド制作はゲームと同じ方法論で作っていった

安藤:ではここで、ワンダーエッグ(※2)に関して聞かせてください。あれには音楽監督とサウンドディレクションという立場で関わられていたんですよね? ゲームのサウンド制作との違いみたいなものはありましたか?

(※2)ワンダーエッグ……ナムコが運営していたテーマパーク「ナムコ・ワンダーエッグ」のこと。1992年に開園し、1996年にワンダーエッグ2、1999年にワンダーエッグ3と二度のリニューアルオープンをし、20世紀最終日の2000年12月31日に閉園した。

川田:ワンダーエッグはナムコが手掛けたテーマパークだからかもしれませんが、作り方がゲームとほぼ同じなんです。まずパークのストーリーから作っていって、アトラクションと関連付けていきながら世界観を形作っていく手法。これ、ゲームとまるっきり同じ方法論でですよね。

なので音楽の作り方に対するアプローチもゲームと同じで、こんな世界があって、そこでどんな音楽が鳴っているんだろうというところから考えはじめ、お客さまにどうやって楽しんでもらえばいいのか趣向を凝らしていきました。ビデオゲームのサウンド制作と違ったのは、ヘルメットを被って現場に行ったってことくらいかな(笑)。

安藤:ワンダーエッグはすごいプロジェクトですよね。屋内のテーマパークっていうのは世界を先取りしていたと思います。都市伝説かもしれませんが、ディズニーの関係者が視察に来たという噂もありました。

川田:ワンダーエッグは快挙ですよね。関わったこちらとしても、すごく楽しかったプロジェクトの1つです。

安藤:では、川田さんがここまで長くナムコ、そしてバンダイナムコに勤められたあとに独立されたのは、どんな理由からなのでしょうか?

川田:自分のなかで、ひとつの会社に勤務し続けることに意味があったわけではないので、そろそろ何か変えてみたいなと思った瞬間、次に進んでみようと決めたんです。ビデオゲームの進歩もこの数年でひと段落を迎えている感触があり、それこそ『ウイニングラン』の時のような衝撃をまた体験するのは難しいだろうと感じたから……という部分もありますね。

ゲームの考えを根底から覆すくらいのエンターテインメントが出てこない限り、続けていくことにそれほど意味はないように思えて。会社に所属して、業界の発展とともに会社が伸びていき、仕事がどんどん面白くなっていく過程を当事者として経験させていただいたわけですが、それらがひと段落したことで、そろそろまた違うことに挑戦してみたくなったんですよ。

安藤:オリジナルアルバムの制作なども、その新しい挑戦の一環でしょうか。

川田:そうですね。ゲームとは関係ないところで音楽を作るのも、また楽しいんです。ゲーム音楽って、やっぱりゲーム向けにチューンナップして作らなければならないじゃないですか。私も今までかなりヤンチャはしてきましたけど、今の時代、なかなかそれもできなくなってきています。でも、オリジナルであればゲームにそぐわないジャンルの音楽も作れるので、何に縛られることもないんですよ。

安藤:会社に所属しながら、インディーズで音楽制作活動をする……という考え方はなかったのでしょうか?
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川田:組織に所属する以上、副業みたいなことはしないっていうのが自分のポリシーとしてもありましたので、その考えはなかったです。立場的にも率先してやらないほうがいいだろうというところはありましたし。ただ、自分以外のスタッフには、あまりこだわらずに色んな活動にトライしてみてほしいなと思っていました。

安藤:川田さんが一線で活躍してこられた時代は、各社の縦割りが強い時代だったと思うんですよ。外で他社の方と組んで活動なんかしたら、機密漏洩の疑いをもたれてしまう……そんな時代だったと思うんです。僕がエニックスに入社した20年前も、まだその雰囲気がありました。

川田:当時はゲームのクレジットに、スタッフの名前を出すことすらできませんでしたからね。でも、今となっては機密保持はしっかりと行ったうえで、同業者同士横に繋がってもよかったかなと思います。お互いに刺激を与えあって得るものもあったのではと。

安藤:インターネットもケータイ電話もなかった時代は、機密保持が完璧にできたかもしれませんが、これだけWebが浸透して他者と繋がってしまうと、さまざまな情報がシェアされてしまいますからね。そういう意味での技術革新はあったのかもしれません。横の繋がりは、独立された後からのほうが多くできた感じですか?

川田:そうですね。自粛していたこともあり、圧倒的に独立後のほうが多いです。世の中にはすごい人がいっぱいいるんだなぁとビックリしています。今までが鎖国状態みたいな感じだったので、より強くそう思えました(笑)。とても刺激的で楽しい状況です。

安藤:鎖国から解放されて爆発している感じですね(笑)。

■今一番楽しい活動はオリジナルアルバムを作りファンの方たちと触れ合うこと

安藤:川田さんが今興味のある音楽とか、やってみたいことってなんでしょう?

川田:昨年、「東京ゲーム音楽ショー」というイベントに合わせて『hinemosu yomosugara』というオリジナルアルバムを作りました。そして今年もイベントに合わせて、2枚目のアルバム『彼方此方 kanatakonata』を作りました。オリジナルアルバムの制作は、今一番やりたいことのひとつです。

安藤:アルバムのアートワークも素敵です。

川田:アートワークはナムコ時代に『妖怪道中記』や『ファミリースタジアム』など、あの頃のナムコゲームのロゴデザインを多数手掛けていた方に作ってもらっています。その後、音楽関係にも強いデザイン事務所に所属した時期を経て、現在は独立して仕事をされている方なんですけど。……というか、ちなみに自分の奥さんです(笑)。

安藤:えええーっ。それはビックリしました(笑)。このアートはサウンドとのシンクロ感が出ているというか、川田さんの魅力をよくわかっておられる方が手がけているのだろうと思ってはいたのですが、そういう理由があったとは! 新作の『彼方此方kanatakonata』は、収録曲の「微睡 madoromi」や「俤 omokage」の漢字の並びだけでも世界観が感じられます。これらのオリジナル曲は、楽曲を作る際にイメージされたものがあるんでしょうか?

川田:「日常で起きること」がテーマになっています。「微睡 madoromi」で言えば、朝の起きぬけとかうつらうつらしている時の、自分であって自分でないような不思議な感覚がイメージになっています。潜在意識がおもてに顔を出す時間ですよね。漠然としたイメージや思いがけないアイデアが降ってくる時間でもあります。神秘的であったり、滑稽でもあったりして、とても面白い。自分は朝の起きぬけによく曲想が浮かぶんですよ。

安藤:微睡の最中に思い付いたサウンドとかメロディって、すぐに書きとめないと間に合わないと思うんですけど、そういう時ってどうされているのでしょう?
川田:iPad Proに速攻で譜面を書いたりとか、問答無用でPC起動して曲を作り始めちゃったりとかしますね(笑)。

安藤:自由ですね(笑)! 川田さんは譜面も書かれるんですか?

川田:譜面も書きますけど、やはりイメージ先行ですね。イメージは必ず音色付きできで浮かんできますので、譜面に落とすのはあくまでも仮りの作業という感じです。

安藤:こうしたオリジナルアルバムを作る活動をされていることで、音楽ジャンルや活動の幅が広がった側面ってありますか?

川田:アルバムを作ってイベントに出たりすると、これまで私の音楽を聴いていてくれた方たちとコミュニケーションが取れるのが楽しいですし、それがいろいろなフィードバックにつながっていっている感覚はありますね。サウンド制作の仕事をやっていてよかったと思える瞬間ですし、次の創作活動へのやる気にもつながっていくところではありますね。

安藤:独立後も、ゲームの音楽制作は手掛けておられるんですよね?

川田:そうですね。今作っているタイトルは……ちょっと言えないんですけど(笑)。直近で発売されたものだと『パックマン チャンピオンシップ エディション2 プラス』に参加しています。ここではイケイケなハイテンション・テクノを(笑)。あいかわらずゲーム制作には関わり続けていますので、次のタイトルの発表も楽しみにしておいていただければと!

安藤:楽しみにしています! 本日はありがとうございました。
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CHECK!
■川田宏行氏 2ndミニアルバム『彼方此方』が完成!

昨年リリースされた1stアルバム『hinemosu yomosugara』に続き、2ndアルバム『彼方此方』をリリース。川田氏が作り上げる自由かつ独創的な全6曲を収録。ゲームミュージックとはひと味違う、川田氏の音楽世界をぜひのぞいてみてはいかが?
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テキスト:風のイオナ(FLOOR25) ゲームと音楽と旅と自転車が好きな東京在住フリーライター&エディター。最近は地下アイドルグループDORCAのプロデューサー業もやってます。
ツイッターアカウント→風のイオナ@ハイパーいおなぴ@ionadisco
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