多くのプレイヤーに「VRの可能性」を知ってもらいたい──『サマーレッスン』玉置絢×ゲームDJ安藤武博対談(後編)
VR空間で教え子たちと触れ合うことができる『サマーレッスン』。そのプロデューサーである玉置絢氏と、ゲームDJ・安藤武博の対談の後編をお届け。空前の大ヒットとなった『サマーレッスン』はどのような設計で制作されたのか、当時の様子も交えて語られていく。後編では、今をときめくバーチャルYouTuberの話題も? 最後までお見逃しなく!
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▲玉置絢氏(写真左)、安藤武博(写真右)。
前編はコチラ→企画書は通したい相手以外にも見てもらってこそ

■「VR」に注目を集めるための創意工夫

安藤武博(以下、安藤):『サマーレッスン』はアンリアルエンジンで開発を採用するなど、効率化を図っているとはいえ、お金のかかったプロジェクトですよね。プロデューサーとして、かけたお金を回収しなければいけないわけですが、これに関してはPlayStation(R)VR(以下、PS VR)が普及しないことにはどうにもならないですよね。

玉置絢氏(以下、玉置):我々ができることは、『サマーレッスン』というソフトウェアを発売することにより、PS VRというハードウェアそのものの注目度を上げることだと思っています。

安藤:ハードあってこそのソフトウェアですからね。

玉置:そのため『サマーレッスン』は、我々が作りたいだけのニッチな作品にするわけにはいかなかったんですよね。
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安藤:「PS VRすごい!」、「買ってよかった!」とお客さまに思わせる必要があったわけですね。

玉置:そうです。『サマーレッスン』を購入してくださるお客さまは、PS VR本体も購入されているわけですから、基本ゲームパックのソフト代である税込2,980円の元が取れるだけではいけないと思いました。「ハードウェアにかかる費用まで含めて、元が取れたと思ってもらいたい」という志を勝手に持っていたんです。

ただ、VRは本気で作ると1分あたりの体験にかかるコストが未知のレベルだったので、純粋にボリュームだけで満足してもらう方向性は難しいと思い、ほかの部分でどのように価値を出すのか試行錯誤しましたね。結局はVRの体験をいかに話題性のある形で発表できるかという部分にこだわることになりました。これも前例がないことなので苦労しましたね。

安藤:玉置さんがVRに注目してもらうために工夫した部分はどこですか?

玉置:ひとつひとつのイベントを作り込んでいるのですが、せっかくのPS4ですので、それぞれシェアボタンで公開したときにネットでバズりそうな内容になることを目指しました。なおかつ、本当の魅力は実際にVRでプレイしなければわからないような内容にして、思わず体験者が語りたくなるようなもの、そしてそれを聞いた人が自分でも体験したくなるようなものを仕込んだつもりです。

安藤:2段階のアプローチが必要だったわけですね。

玉置:そうですね。わかりやすいもので言うと、ひかりちゃんとイヤホンを片方ずつシェアするシーンが該当します。シーンだけを見ても「こんな青春を送りたかった」と思ってもらえるシチュエーションですし、実際にVRで体感するとそのリアルな距離感に驚くと思います。『サマーレッスン』はそういう体験を考えることに、多くのリソースを注ぎました。
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安藤:徹底的なアイデア出しがチーム内で行われたんですね。

玉置:ええ。VRとしてはすごくても、画面で見たときにすごさがわからないものはNGになりました。逆に画面としてはインパクトがあっても、VRでやる意味がないものもボツにしなければならないので、いろいろたいへんでした。

安藤:コントローラーを使ってハンコを押すシーンは、VRならではの感動がありますね。

玉置:あのギミックは東京ゲームショウなどで『サマーレッスン』をプレイしてもらうときに、そのプレイヤーの姿を見るだけで周囲の興味が引けるかなという戦略もありました。

安藤:モニターを見ていなくても、プレイヤーの動きだけで何をしているのか気になりますよね。

玉置:はい。じつはVRって、みんなでプレイするとおもしろいんですよね。

安藤:見ているとプレイしたくなるのは、ゲームセンターと似ている感覚です。
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玉置:ゲームセンター向けの開発用語でいう「アトラクト」ですね。すごいのはソニーさんが最初からそのことに気付いていて、ソーシャルスクリーンを搭載したことだと思います。

安藤:シシララTVでVRのゲームを実況をしていても、ガジェットによっては複眼出力になって実況映えしないものもあります。そういうときにPS VRは優秀だなと感じます。

■「アーリーマジョリティ層」を取り込むための試み

安藤:そんなPS VRも発売から2年が経って、ようやく落ち着きを見せてきましたが、発売時期の狂乱の渦中にいたときはどういう心境でしたか?

玉置:一般メディアの取材や、全く因果関係がない人に話しかけられることなどがあったりして、これまでの4倍以上の名刺を消費しました(笑)。ただ、そうやって盛り上がること自体はエンターテイメントの形として正しいと思います。
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安藤:祭りの本質はわかっていなくても、祭りの騒ぎが気になって集まってくる人が多かったんですね。

玉置:ただ、VRに関するハイプ・サイクル(市場に新しく登場した技術の期待度を表す図)を調べると、80年代のブームこそが「熱狂期」で、今は当時の失望から回復している期間であると結論づけているマーケティング会社さんやコンサルタントさんが多かったんですよね。

その真実はあとになってみないとわからないですが、もし現在のVR産業がゆっくりしたスロープを上がっている過程なのであれば、『サマーレッスン』はしっかり未来に残るテクノロジーを提示しなければいけないと思いました。

あと、マーケティング理論の観点でいうと、販売のときにイノベーション理論やキャズム理論も意識しましたね。まず、イノベーター層やビジョナリー層、つまり今からもうVRに興味を持っている人なら絶対に購入すると思っていましたし、目の前にキャラクターがいるということに興味を持つ層のゲームファンも買ってくれると思っていました。

最大の焦点は、アーリーマジョリティー層、つまり「VRになんとなく興味を示しているけど、本当に自分でも楽しめるのかどうか判断に悩んでいる人」をどれぐらい取り込めるかという点だったわけです。

安藤:端的に言えば「ライト層をどう取り込むか」ですね。

玉置:女の子と触れ合う内容のゲームというと、一般的なゲーム市場でいえば少しニッチなジャンルのように感じますが、VRという枠組みで考えると、じつは剣と魔法で戦うファンタジーよりも身近な女の子と話すほうが現実に近いため、ライトユーザーさんも取っつきやすいと思うんですよ。

安藤:普通のゲームだとニッチになってしまうジャンルも、VRだとメジャーに逆転するんですね。
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玉置:だから、つとめて既存の「ギャルゲー」っぽくならないように気を配りました。『サマーレッスン』の公式では一度も「ギャルゲー」という言葉を使っていないんです。“魅力的なキャラクターと触れ合えるゲーム”と“ギャルゲーのVR版”では、まったく意味が変わってきますから。我々のプロジェクトは前者を目指す必要がありました。

ただ、私自身はギャルゲーと呼ばれるものも好きなので、制作中は無意識にそういった作風に寄りそうになったりもしたのですが、そこは頼れる上司たちが「目を覚ませ!」とツッコミを入れて舵取りしてくれました(苦笑)。
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安藤:会社内でアジャストしてくれる層も厚かったわけですね。

玉置:いろいろな人が手助けしてくれたおかげで、とても爽やかな作品に仕上げることができました。最初はパッケージも女の子の可愛さを全面に出すようなデザインでしたが、修正して今のものになりました。また、『サマーレッスン』全体のプロモーション方針も第2弾のアリソンで大きく変えました。具体的には、かわいさという概念に固執するのをやめたんです。

むしろ、たとえていうと同性の女性が「私もこんな風になりたい」と思えるような美しさが出るように工夫しているんです。そこで、本物の人間のポートレートを撮るのが得意なプロのカメラマンさんや、映画監督さんをお呼びして、情緒あるシーンを作り出しました。

安藤:アリソンは3人のキャラクターのなかでもとくに人気がありますが、そういった仕掛けがあったんですね。
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玉置:いちばん最初に発売したひかりは、PS VRに貢献できるコンセプトをすべて提示するという役割でした。そういう意味では、あとに続いたアリソンは作品性の高いものを目指せたんです。そして最新作のちさとは、より実験的な内容にしてみました。

安藤:ちさとはかなり攻めていますよね。

玉置:そうですね。すでにVRのいろいろな価値を提示することで『サマーレッスン』がVRに真摯に向き合っていることが主張できればいいなと思いました。また、今後、VRの発展の礎になれれば……という想いもありました。

安藤:なるほど。お話を聞いていると『サマーレッスン』は、かなりしたたかなタイトルなんですね。いろいろなクリエイターさんの力が集結しており、バンナムさんが総力を上げたように感じましたし、会社員としてゲームを作る価値があらためてわかりました。

玉置:そうですね。おこがましい言い方ですが、私は学生時代に一人でゲームを作って販売していた経験があって、プログラムもシナリオも音楽も勉強して作っていたので、「ゲームをひとりで作ろう」と思えば作れないことはないんですよ。

でも、明確な意志において自分一人でゲームを作るのをやめ、ゲーム会社に入りました。そして、今のところは会社を辞めるつもりはありません。なぜかというと、わたしよりも優秀な考えを持った先輩たちやクリエイター、上司といった仲間がつねに周囲にいて、我がことのように手伝ってくれたり叱ってくれたりするからです。
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安藤:説得力があります。最後に玉置さんご自身が『サマーレッスン』を振り返ってみていかがですか?

玉置:よく「VRが好きだから『サマーレッスン』を作ったんですよね?」と聞かれるのですが、根本はそこではなく、生命の宿っているキャラクターを作りたかったんです。だから技術の新奇性に溺れたり、周囲の評価に振りまわされるわけにはいきませんでした。

VRのゲームを出すことが目的ではなく、人間だと思ってもらえる人物を生み出すことが目的だったんです。その試みが成功していると感じてもらえたらうれしいですね。

安藤:そうだ。最後にもうひとつだけお聞きしていいですか? 今流行しているバーチャルYouTuberについて。『サマーレッスン』の仕掛け人である玉置さんは、このブームをどう見ていますか? 玉置さんは「VTuberハッカソン」の審査員もされていましたよね。

玉置:「VTuberハッカソン」の真実を言うと、「PANORA」の広田稔さんと知り合いで、自分から審査員をやりたいと猛アピールした結果なんです(笑)。

安藤:貪欲ですね。玉置さんも興味があったわけですか。

玉置:東京ゲームショウ2015のステージで、モーションキャプチャーを使ってリアルタイムでひかりちゃんと会話するパフォーマンスを私たちも企画して実施したことがあったのですが、バーチャルYouTuberという発想には至らなかったんです。

だからキズナアイちゃんから始まった一連のブームは正直「しまった!」という思いで、悔しさも感じました。ユーザーさんたちが“中の人”ではなく、キャラクターそのものを純粋に愛している様子や、どこでも見ることができる間口の広さは素直にすごいと思い、ファンとしても企画者としても注目しています。最近はYouTubeの自分のアカウントがVTuberさんのチャンネルだらけになっています(笑)。

安藤:悔しかったという思いは、最初に話してくださった“衝動を企画にぶつけた”という話にも繋がりそうですね。これは玉置さんから新しい企画が生まれる前兆かも?

玉置:そうですね。そのままバーチャルYouTuberの企画という形になるかどうかはまったくわかりませんが、また何か新しい企画を考えるかもしれません。そのときにはぜひ応援いただければと思います。

安藤:若いクリエイターさんたちの心にも刺さる内容になったのではないでしょうか。本日は興味深いお話をありがとうございました!


CHECK!
■ファン待望! 『サマーレッスン】初のCDアルバムがいよいよリリース!! 『サマーレッスン】初のCDアルバムとなる「ドラマ&ミュージックアルバム サマーレッスン ~未来はいま~」が、7月18日(水)にリリース決定!

バイノーラル録音技術によって360度全方向の体験が楽しめる、ゲーム空間さながらの臨場感が表現された本アルバムには、ドラマパートやボーカルソング、サウンドトラックといったバリエーション豊かな全27トラックを収録。新たに書き下ろされたオリジナルのドラマパートでは、ゲーム作品中では出会うことのないひかり、アリソン、ちさとの3人が集結し、耳と心をくすぐる必聴のトラックとなっています。

また、Taku Inoue(バンダイナムコスタジオ)が作詞・作曲を手掛けた宮本ひかり(CV:田毎なつみ) 、アリソン・スノウ(CV:阿部里果)、新城ちさと(CV:畑中万里江)の3人が歌う新曲「未来はいま」も収録。アルバムタイトルにもなっている同楽曲は、YouTubeにアップされたダイジェスト・ムービーでも試聴可能! 気になる方は今すぐチェック!!


●発売日
発売中/2018年7月18日(水)

●価格
¥3,000(+税)

テキスト:カワチ(Makoto Kawachi) 1981年生まれ。ライター。ビジュアルノベルに目がないと公言するが、本当は肌色が多ければなんでもいい系のビンビン♂ライター。女性声優とセクシー女優が大好き。
ツイッターアカウント→カワチ@kawapi
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