バンドマンな大学生がハドソンの『チャレンジャー』でコンポーザーデビュー!──国本剛章×安藤武博 対談【サウンドコンポーザーに訊く!/連載第10回・前編】
ファミコン黎明期に、突然ハドソンからスカウトされてゲーム音楽作曲家としての人生がスタートした国本剛章氏とゲームDJが対談! 前編の今回は、ハドソンでゲーム音楽を作ることになったきっかけ、そして『忍者ハットリくん』や『スターソルジャー』など国本氏がハドソンで関わられた有名タイトルのお話を中心にお届けします!
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国本剛章(写真左)
大学在学中の1985年、楽器屋でのアルバイト中にハドソンの笹川氏にスカウトされ、『チャレンジャー』でゲーム音楽作曲家デビュー。1987年から1989年にかけてPCエンジンのタイトルを数作手掛けたあと、ゲーム音楽作曲家としての活動を一旦終了。2016年より『8BIT MUSIC POWER』を皮切りに『キラキラスターナイトDX』や『協撃 カルテットファイターズ』といったタイトルへの楽曲提供をし、ゲーム音楽作曲家としての活動を再開させた。
■バンド活動に夢中になり過ぎて除籍になった大学時代

安藤武博(以下、安藤):今日はよろしくお願いします! まずはハドソンからリリースされたゲームのお話からうかがいたいのですが、国本さんはハドソンの社員となる形で、ゲームコンポーザーとしてのキャリアをスタートさせたのでしょうか?

国本剛章さん(以下、国本):いえ、ハドソンでのデビュー当時はまだ学生だったんですよ。自分では「なんちゃって大学生」って言ってたんですけど。ほとんど授業に出てませんでしたからね(笑)。

安藤:もしかして、バンド活動ばかりされていたとか?(笑)

国本:まさにそのとおりです。バンド活動に夢中になっていたのと、あとはバイト三昧でした。大学は2回留年して6年在学し、最後は呼び出しをくらって「お前、お金を払って中退するか、払わずに除籍になるかの2択だぞ」って言われて。

安藤:卒業という選択肢がなかったんですね。

国本:そうなんですよ。それで30秒ぐらい悩んで、「じゃあ除籍で」って(笑)。単純にお金を払いたくなかったもので。おかげで履歴書には中退とすら書けなくなってしまいましたけど。
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安藤:そのときすでにハドソンのゲーム音楽を作られていて、作曲家として活動されていたんですよね?

国本:そうです。すでにハドソンの仕事をしていたこともあり、当時は世間をちょっと甘く見ていたんですよね。これでなんとか食っていけそうだから、大学の肩書きはいらないだろうと思ってしまったんです。

安藤:当時起きたファミコンブームは社会現象でした。当時の大学生も『チャレンジャー』や『忍者ハットリくん』、『スターソルジャー』などのゲームを遊んでいましたか?

国本:それが、当時の大学生はあまりファミコンを遊んでいなかったんですよ。

安藤:大学生世代がファミコンに触れるようになるのは『ドラゴンクエスト』、それも『II』や『III』以降なのかな。それまではどちらかというと、子どもが熱中していたのかもしれません。

国本:そうですね。自分自身でもハドソンのゲーム音楽を作りながら『ドラゴンクエストII』や『ファイナルファンタジーII』、『MOTHER』といったゲームを遊んでいました。そのへんのRPG系になると、同世代や年上の方も遊んでいたように思います。

安藤:『チャレンジャー』は『ドラゴンクエスト』よりも前の作品ですよね。

国本:はい。初期のファミコンゲームはゲーム性も子ども向けになっていましたから、周りに遊んでいる人がいないのも当然だと思います。
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■楽器屋でMSXを使った自動演奏デモ中にハドソンの笹川氏にスカウトされた

安藤:大学生のときに、ハドソンから仕事を受けるようになったきっかけを教えていただきたいです。

国本:当時のハドソンは札幌市内にあるマンションの一室で活動していた、とても小さな会社でした。全員プログラマーという少数精鋭状態ながら、優秀なスタッフがそろっていたのですが、そのなかに音楽専門の人はいなかった。だからある程度本格的にゲームを作り始めたとき、音楽を誰かに頼みたいというお話になったらしいんです。でもツテがないから、札幌市内にあったヤマハの楽器屋に担当者がふらりとやってきたと。

安藤:楽器屋に行けば何か手がかりがあるかもしれない、と思われた?

国本:おそらく。そしてその楽器屋で、自分がアルバイトをしていた、と。

安藤:アルバイトで楽器屋の店員を? それはどんなきっかけが?

国本:キーボードの自動演奏がきっかけでしたね。当時はMSXが出始めたころで、安価なMSXを使って自動演奏ができるようになっていたんです。もちろんお金を出せばローランドのMC-4やMC-8、ヤマハならQX1などもありましたけど、10万円台で買えるMSXでもある程度の自動演奏ができたんです。
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安藤:その自動演奏がバイトのきっかけに?

国本:はい。MSXを買って持っていた自分が楽器屋に置いてあるMSXで打ち込みをして遊んでいたら、お店の人から「君、ウチでバイトしない?」って言われて。当時、自動演奏を使いこなせる楽器屋の店員さんがいなかったんですよね。それをきっかけに、楽器屋でバイトすることになりました。

安藤:バイト中にお客さんが来たら、MSXで音を打ち込んで自動演奏のデモを見せたりされていたわけですね。

国本:ええ。そしたら、そのデモを見ていたハドソンの担当者に「これはあなたが作ったんですか?」と聞かれまして。ものめずらしくて興味を抱いたんでしょうね。「そうです」と答えたら、「明日ウチの会社に遊びに来ませんか?」と誘われることになったんですよ。

安藤:その方がハドソンの笹川敏幸さん(※1)だったのでしょうか。プログラマーでありながら楽曲も書かれる方ですよね。

(※1)笹川敏幸さん……ハドソンに所属していたプログラマー兼作曲家。代表作は『迷宮組曲』。現在はスピリチュアルカウンセラーとして活動中。
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国本:そうですね。笹川さんが当時のハドソンでは一番音楽にくわしくて、プログラムをしつつ音楽も作っていたそうなんですけど。規模が大きくなるにつれてだんだん忙しくなってきたため、音楽専門のスタッフを探していたらしんですよ。とくに『迷宮組曲』は、笹川さんが音楽に力を入れたいということで、最初は音楽もプログラムも全部自分1人で作り始めたゲームらしくて。

安藤:当時、『迷宮組曲』のボーナスステージでアンサンブルが豪華になっていくことに衝撃を受けました。あれはすごく音楽が好きな方が作ったんだろうなと思っていました。お話を聞けて納得です。

国本:あのボーナスステージの演出をディレクションしたのも笹川さんです。『迷宮組曲』はゲームプログラムのバグが多く出てしまい、日々デバッグ対応でどんどんやつれていっちゃったらしく。それで笹川さんが音楽まで担当するのは無理だというお話になり、私のほうに依頼が回ってきました。

安藤:『迷宮組曲』はワルツが印象的でした。国本さんの3拍子の曲はPCエンジンの『カトちゃんケンちゃん』などいろいろありますけど、かなり斬新な試みだったのでは? というのも、3拍子って子どもが積極的に聴くジャンルではなくて、オトナの雰囲気があるものだと思うんです。

国本:『迷宮組曲』は、最初のステージが半分ぐらいまで出来ている状態のものを見せてもらったんです。その絵を見てイメージを膨らませながら作ったのが、最初のステージで流れる3拍子の曲なんですよね。ほかのゲームでも同様なんですけど、設定やシナリオを聞かされず、絵だけを見て想像しながら作った曲が多いんですよ。
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国本:なので発売後にゲームと合わせて聴くと「曲が合っていないな」とか「これはちょっと恥ずかしいな」っていうのも、何曲かあるのは事実です。

安藤:最初にハドソンで手がけられたゲームは『チャレンジャー』になるんでしょうか?

国本:そうですね。『チャレンジャー』が最初のゲームになります。

安藤:私が初めて『チャレンジャー』を遊んで、1面のBGMを聴いたとき、デジャブというか「すでにどこかで聴いたことがある」という感覚があったんですよ。

国本:それはそうでしょうね(笑)。じつは『チャレンジャー』の1面の曲って、シューベルトの「軍隊行進曲」をアレンジしているものなので。自分が小学校4年生くらいとき、音楽の教科書に「軍隊行進曲」が載っていたんですよ。今はどうなのか知りませんが、私らの時代は小4から音楽の授業で縦笛を習っていて、その練習用の譜面だったんです。

安藤:リコーダーですね。私たちも習っていました。
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国本:やっぱり! 自分は「軍隊行進曲」がとても気に入って、学校の帰り道に友達と横並びになって縦笛を吹きながら帰っていたくらい好きだったんです。今考えたら、ご近所にはいい迷惑なんですけど(笑)。『チャレンジャー』の作曲を依頼されたとき、小学生に受ける曲を作ろうと考えたんですが、そこで思い出したのが「軍隊行進曲」だったわけです。

安藤:国本さんの子ども時代の高揚感を、ゲームで再現したかった。

国本:ええ。「軍隊行進曲なら間違いないだろう」という単純な理由ですね(笑)。

安藤:『チャレンジャー』の2面以降はさらわれたプリンセスを探す展開になりますが、そこで流れる曲はオリジナルのものですよね。それもおもしろいなと思っていました。

国本:『チャレンジャー』は最初に電車の絵を見せてもらって、まずは1面の曲だけを依頼されたんです。そこで先ほどお話したとおり、「軍隊行進曲」をアレンジした曲データを作ったら「これで行きましょう」とOKが出ました。そこから2面以降の曲を作ることになり、その際に見せてもらったものが広大なマップだったんですよ。10×10の全100画面だったかな。
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安藤:2面のマップは広かったですもんね。世界設定も最初は西部開拓時代風なのに、敵が宇宙人ぽかったり、子どもながらにすごい世界観だと思っていました。視点も1面と3面はサイドビューなのに2面だけはトップビューになっているのも、不思議な設定だと思います。

国本:そんな2面の曲なんですが、「2面から3面に入るまで3~5分くらいかかる設定です」と言われていたんですよ。なので「曲の1ループが短いと飽きちゃうので、メロディを長めにしてほしい」とオーダーされました。それなら既存局のアレンジではなく、オリジナル曲でやってみたいと提案して作ったのが2面の曲なんです。

安藤:わたしのなかでは、当時の子どもたちに『チャレンジャー』がものすごく浸透していた実感があるのですが、ご自身のなかで手応えはありましたか?

国本:いや、それがまったく(苦笑)。当時はネットもなかったし、電子メールもなかった。ゲームの情報はコロコロコミックとか小学四年生などの学習誌にも載っていたと思うんですけど、自分ではそういった雑誌を買いませんでしたしね。

安藤:確かに大学生がコロコロコミックは買わないですよね(笑)。でも、当時の子どもたちはみんな『チャレンジャー』のメロディを歌えたと思います。そういう意味で、国本さんはものすごいヒット曲を書かれたことになるんですけど、そういった熱みたいなものは国本さん自身に伝わってこなかったというところに時代を感じますね。おもちゃ屋さんで流れていたデモ映像を見たりとか、そういうこともありませんでしたか?
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国本:ゲーム屋さんとかおもちゃ屋さんには行かなかったもので……。大学生でしたから、ジャズ喫茶とかそういうところにばっかり行っていたんですよ。お酒を飲んでタバコを吸って、女の子のお尻を追いかけてばかりという(笑)。

安藤:(笑)。国本さんはどのようにして作曲の作業を進めるのでしょう?

国本:作曲の仕方、という意味ですよね。自分は「フンフン作曲法」とよんでいます(笑)。要するに鼻歌ですね。

安藤:鼻歌ですか!(笑)

国本:散歩中とか入浴中に鼻歌を歌って、そこから浮かんだメロディを忘れないうちに紙に書いたり、テープレコーダーに録音したりする方法です。

安藤:音楽的なルーツについてもお聞きしていいですか?

国本:音楽的なルーツ……そうなると子どものころに聴いていた歌謡曲やテレビアニメの曲、あとは「ウルトラセブン」とか「サンダーバード」などの特撮曲ですね。クラシックもよく聴いてたので、それらの要素が混じりつつ、出てきたメロディが自分らしさなんじゃないかなと思います。
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■ゲーム音楽の道に進むことになった理由

安藤:国本さんは大学を除籍になられたあと、どのタイミングで「ゲーム音楽の仕事をずっとやっていこう」と思われたのでしょう? 

国本:ずっとやっていこうとは考えていませんでしたね。ファミコンでは3和音+1ノイズの構成でしたが、PCエンジンでは6音まで使えるようになりました。そのあと、スーパーファミコンやプレイステーションなど、進化したハードがどんどん出てきて、性能の向上に伴いゲーム音楽制作の制限がなくなっていったんです。

安藤:今となっては、スマホのゲームでさえオーケストラの音を使うことも可能な時代になりましたね。

国本:でも、自分はファミコン時代の3和音+1ノイズの構成が一番得意だったんです。そもそも音楽に関しては自己流で、しっかりとしたとした音楽教育は受けていませんしね。なのでオーケストレーションなどもできないわけですが、時代が進むにつれてそういった音楽が求められるようになり、結果、自分は仕事を頼まれなくなってきたんです。それが東京に来たばかりのころ。具体的には26歳くらいのときでした。

安藤:ご自身のなかでの転換期ですね。しかし、その時点で26歳ということは、国本さんは相当デビューが早かったんですね。『チャレンジャー』でデビューされて、ハドソンで手掛けられたゲーム音楽は26歳までの仕事ということですから。

国本:そうですね。ハドソンで仕事をしたのは23歳から26歳まででした。
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安藤:遅い人だとようやく学校を卒業するくらい年齢で、すでにゲーム制作に関わってきいていたわけですね。オーケストレーションはできないとおっしゃっていましたが、国本さんの曲を聴くと不思議と生演奏の様子が浮かぶんです。わたしは国本さんなら、オーケストレーションだってできると思いますよ。

国本:ありがとうございます。確かに楽曲を作る時に生演奏のイメージを持っていることは間違いないです。でも、オーケストラの譜面をアレンジして書いてと言われたら、ちょっと難しいとは思いますね。

■「シューティングゲームの1面=曲が勇壮で明るい」という様式美は国本氏が原点!?

安藤:次は『ヘクター'87』のお話をうかがいたいと思います。わたしは子どものときから『スターフォース』、『スターソルジャー』と遊んできてシューティングには慣れていたものの、『ヘクター'87』だけは怖かった。敵や背景を含めて、不気味な世界観でしたから。

国本:『ヘクター'87』は不気味な雰囲気を持つ作品でしたよね。このころのハドソンは『スターソルジャー』などのファミコンソフトが売れて、自社ビルを建てたりしていた時期。高橋名人が広告塔になり、社員の数も増えていっていました。そうした流れのなかで1987年に発売されたのが『ヘクター'87』になります。

安藤:『スターソルジャー』の次はどんなシューティングが出るのか楽しみにしていたところで『ヘクター'87』が発売され、「なんだこのシブいゲームは!」と驚きました。

国本:『ヘクター'87』は担当者が相当気合入れて作ってたんですよ。プログラマーも『スターソルジャー』とは違って、たしか期待の若手が担当していた記憶があります。
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安藤:雰囲気も大人っぽいし、雑誌で言う「ムー」のようなテイストがありますよね。『ヘクター'87』は『スターソルジャー』を超えるゲームを作ろうという意気込みで開発されたものなのでしょうか。

国本:そうだと思います。みんなの意気込みがすごかったことを覚えていますので。

安藤:音楽面で言えば、たとえば『スターソルジャー』はパワーアップすると明るく勇壮な曲になったり、ラザロが登場するとベースの不安定なフレーズが出てきてプレイヤーを煽ったりしていました。そういったアプローチはゲームのプレイに寄り添っていて、すごくいいと思ったんですよ。

国本:自分は小さいころからテレビっ子だったので、「ウルトラセブン」や「サンダーバード」、「謎の円盤UFO」といったSFものが大好きだったんです。そういう作品は勇ましい音楽が流れたり、不安を煽る焦燥感のあるシーンが多いじゃないですか。そういうアプローチが子どもの時から好きだったので、その影響が出ていたんだと思います。

安藤:このゲームのこの場面は「サンダーバード」だとこのシーンだろう、みたいに見事に劇伴としてハマったっていうことですね。

国本:ええ。
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安藤:じつは、「シューティングゲームの1面の曲は勇ましくて明るい曲が多い」という不思議な法則を、さまざまなコンポーザーの方と話すんですよ。敵と命のやり取りをするわけですから、マイナー調の激しい曲でいいと思うのですが、実際は全然違ったアプローチになっています。でも、国本さんから「サンダーバード」の例をお聞きしてようやくわかりました。

「ウルトラマン」や「サンダーバード」って出撃時に勇壮な曲が流れますよね。要するにシューティングの1面曲って、出撃マーチや突撃のラッパなのかなと、今ものすごく腑に落ちました。そしてこのフォーマットを作られたのは、きっと国本さんなのでしょうね。1面は勇壮で2面はちょっと不穏に……というシューティングならではの様式美を生み出された。長年の疑問に対する、一つの解が見つかった気持ちです。

■クラシック曲と主題歌を融合させた『忍者ハットリ君』

安藤:話は変わりますが、『チャレンジャー』の次に手がけられたのは『忍者ハットリくん』になるのでしょうか。

国本:そうですね。2作目が『忍者ハットリくん』です。

安藤:『忍者ハットリくん』は軽快なクラシック曲でスタートするのに、途中でアニメの主題歌にある「ござ~るござるよ♪」のフレーズが入ってきますよね。そこで誰もが「おお、これはアニメのハットリくんの歌だ!」と気がつく。あれは見事な演出でした。

国本:今では著作権的な問題からNGが出るかもしれませんが、まだそこらへんがおおらかだった当時、あのアイデアはまったく止められることなくOKがもらえました(笑)。「これはやめてくれ」とか「もっと短くしてくれ」といったこともまったくなくて。自分でも「主題歌のメロディは使ってもいいんだろうな」ぐらいに思って使っていましたしね(苦笑)。

安藤:アニメの主題歌をまるごとBGMにしてしまうアプローチもあったと思うんです。でも、実際はマッシュアップ的な感じで、クラシック曲とアニメ主題歌を使い分けられていた。

国本:ええ。最初からアニメの主題歌を全部使おうとは思っていませんでした。

安藤:アニメなどのフレーズをゲームのBGMに導入してアプローチしてくる作品は今ではめずらしくありませんが、当時は斬新でした。わたしの原体験では『ハットリくん』が最初なんですよ。あのフレーズを聴いた瞬間「これはハットリくんのゲームなんだ!」と思えたので、見事な手法だったと思います。
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国本:そういっていただけたのは初めてなので新鮮です。たしかにアニメのモチーフが入っていると子どもたちにとってはうれしいでしょうし、わかりやすいですよね。

安藤:めちゃくちゃうれしかったですよ!

国本:逆に自分が腑に落ちました(笑)。

安藤:『ハットリくん』のBGMは前半にビゼーの「アルルの女」を使用していますが、国本さんは小学校低学年のときに「音楽之友社 小学校教科書準拠 鑑賞レコード」全10枚組を愛聴されていたという情報を拝見したことがあります。そこから受けた影響などはあるのでしょうか?

国本:音楽的に受けた影響は大きかったですね。ただ、シューベルトの「軍隊行進曲」は縦笛を吹きながら帰った楽しい思い出があったんですけど、ビゼーの「アルルの女」を縦笛で吹いた記憶はないんです。だから、なぜあの曲を『ハットリくん』に使ったのか、理由はちょっと思い出せません(苦笑)。

安藤:当時のビデオゲームは難しかったですし、ゲームオーバーになったら友だちとドッジボールでもやろうぜって時代でもありました。だから、30分程度TVの前に座って遊ぼうというときに、ビゼーやシューベルトといったクラシック曲のテンポ感や軽快さがマッチしたのかもしれませんね。

国本:なるほど。当時の子どもたちにファミコンのゲームがどのようにして遊んでいたのかを聞けたので、かなり興味深いです。
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安藤:『スターフォース』や『スターソルジャー』がうまいクラスメイトは人気者でしたよ。けん玉やラジコン、メンコがうまい人と同じ扱いで、カッコよくてうらやましがられた。そういう友だち同士でワイワイ遊んでいたときに流れていた音楽なんです、国本さんのBGMは。

国本:そういってもらえると、なんだかうれしいですね(笑)。

安藤:まだゲームに作家性を求めたり、評論したりする前の時代でした。生活に密着していたというか。だからこの対談の前、久々に『スターソルジャー』の曲を聴いたとき、当時の自分とシンクロしたんです。「あのころ、自分はけん玉で遊びながら『スターソルジャー』を遊んでいる友だちのプレイを見ていて、後ろにおいてあるラジオからは中森明菜の歌が流れていた」……Tそういう情景がありありと思い出せる。体験と寄り添っている音楽なんですよね。

国本:私も自分に置き換えると、「仮面ライダー」や「ウルトラマン」とともに育ってきたので、今でも絵を見たり音を聴いたりすると、小学生の時を思い出すんです。学校にライダーカードを持っていって友だちと交換していたら、先生にバレて没収されて、放課後泣きながら職員室に謝りに行った……しそんな思い出が喚起されるんです。このへんの音楽を聴いちゃうと。

安藤:『チャレンジャー』に『ハットリくん』、そして『スターソルジャー』の3作は、まさにそういう感じで思い出とシンクロしています。当時飲んでいたジュースとか、食べたアイスとか、10円で買ったガムの味とか、そういうのと音楽が全部リンクして、当時がそのままポーンと切り出せる感じですね。当時のゲーム好きなちびっ子たちの原風景だと思います。
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■当時のハドソンは複数同時開発の分業制になっていた

安藤:1986年に『ドラゴンクエスト』が発売されて、ゲームの遊び方が変わってきました。データが継続できて物語性が追加され、アクションが苦手な人でもクリアできるようになりました。そこで堀井さんの『ドラゴンクエスト』に対して、さくまさんからのアンサーとなる『桃太郎伝説』を発売したのが、ハドソンでしたよね。

国本:そうですね。でも、私は『桃太郎伝説』には2曲しか参加していないんですよ。金太郎の村で流れる「村祭り」って曲と、レベルアップのジングルですね。

安藤:それ以外の曲はサザンオールスターズの関口さん(※2)ですもんね。

(※2)関口さん……サザンオールスターズのメンバーで、ベースを担当する関口和之さんのこと。

国本:そうですね。このころから、ハドソンのゲーム制作は分業制になってきたもので。自分のなかではあまりおもしろくなかった時代です。絵もない状態で「ボスが出てきた曲」とか「コンプリートしたときに流れる曲」とか、つまりはどんなゲームなのか、なんのシチュエーションなのかもほとんどわからない状態で曲を作ってくれといわれたわけですよ。我々にっては、夢も希望もない状態というか……。

安藤:守秘義務からゲームタイトルや内容を伝えてもらえなかったのか、それとも本当に何も決まっていなかったのか、どっちだったんでしょうね。

国本:後者ですね。ほんとに何も決まっていないところから、手探りで3~4本を同時進行で作っていましたから。たとえばゲームオーバーの曲が明日までに必要になったら、ハドソンで抱えている作曲家全員に電話があるんですよ。そうして、一番レスポンスの早い人に発注されるという仕組みで。自分に当たったら「明日までにこれとこれの曲、そして4小節の曲を1曲作ってほしい」って具合で依頼されるんですよ。

画面も見られなければ、どう使われるのかすらわからない。しかも、自分よりレスポンスの早い人がいたら、その人にオーダーがいくという「個性を求められていない」感覚。あのころは非常にドライな感じでしたね。
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安藤:国本さんにとっては、辛い時期ですね。

国本:先ほどお話に出た『桃太郎伝説』も、なんらかの事情で追加曲が必要になって、どうしても明日までにほしいから、片っ端から連絡しよう……といった経緯で回ってきた仕事だったんじゃないかな。会社の構造的に仕方がなかったとは思うのですが、それでも自分にとってはおもしろい形ではありませんでしたね。

(後編に続く)

後編はコチラ→約30年の時を経てゲーム音楽作曲家として復活!
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国本剛章氏のインディーズレーベル「ギャフンレコード」より2019年7月に発売された最新アルバム。国本剛章氏とマツケん氏の手による、2枚組のゲーム音楽アレンジアルバムとなっている。

■国本剛章オフィシャルサイト
キノコ国本剛章 HP

■国本剛章オフィシャルtwitter
キノコ国本剛章 @kinokowakame

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テキスト:風のイオナ(FLOOR25) ゲームと音楽と旅と自転車が好きな東京在住フリーライター&エディター。最近は地下アイドルグループDORCAのプロデューサー業もやってます。
ツイッターアカウント→風のイオナ@ハイパーいおなぴ@ionadisco