本企画「〇〇サービス終了 –開発現場から愛をこめて-」では、ゲームDJ・安藤武博氏がサービス終了に直面した開発・運営者たちに真っ向から話をうかがい、当時の状況や後世に活かすノウハウなど、ほかでは聞けない話題を展開していく。
第1回は、元祖スマホ向けクイズRPGでお馴染み『冒険クイズキングダム』。まだソーシャルカードゲーム主流の2012年の頃、遊び応えのあるゲーム内容として配信当時から評価を得た本作だが、他社ゲームアプリの登場により、その勢いも鈍化。そして、ついに4年半の運営を続けてきた本作も2017年1月10日でサービス終了を迎える。
記事後編では、このタイミングで終わろうと思った理由や、プレイヤーに伝えたいことなど、さらに赤裸々に迫っていく。
【前編プレイバック】
・『冒険クイズキングダム』が目指したもの
・他社アプリ『黒猫』のヒット…明暗を分けたのは
・良いクイズの問題とは
リリース日:Android版2012年10月1日、iOS版同年11月8日
サービス終了日:2017年1月10日予定
『クイキン』の愛称で知られている本作は、圧倒的ボリュームの問題数を誇る本格クイズRPG。ジャンルには「文学・歴史」「科学・自然」「社会・地理」「エンタメ」「スポーツ」「生活・グルメ」などを取り扱っているほか、問題文が逆さまに出題される「さかさまQ」や、問題文がゆっくり出題される「ゆっくりQ」といった、問題のバリエーションも豊富に揃えている。
また、クイズに連続正解すると、パワフルかつ豪華な「スキル」を発動でき、特定の兵士3体を揃えると強力な「召喚」も発動可能。
▲カヤック所属のゲームクリエイター。円周率暗唱の元ギネス記録保持者やイントロクイズの達人など一風変わった特技を持っており、過去に多数のテレビ番組にも出演した。また、大ヒットゲーム『もじぴったん』の生みの親でも知られている。カヤックでは『冒険クイズキングダム』などを手掛け、何万問ものクイズをほぼひとりで制作。
▲過去スクウェア・エニックスにて、1998年からコンシューマーゲームやスマートフォンゲーム事業に携わる。スマホ事業ではF2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。最新作は『コスモスリングス』と『ブレイジング オデッセイ』。
安藤武博(以下、安藤):ちなみに4年半で何問ぐらいつくりましたか。
後藤裕之氏(以下、後藤):トータルで100万問以上です。
後藤:ええ。ただ、先ほども話したように1問1問丁寧に作った問題もあれば、エクセルで自動生成したような問題も含めてです。四字熟語や英単語の穴埋め問題は、辞書のデータを用いて自動生成することができるので、それを含めて100万問ぐらいですね。
安藤:4年半という長い年月をかけてマラソンしているようです。振り返ってみても相当おびただしい問題数ですよね。
後藤:そうですね。なので、自分でも答えられない問題がたくさんあります(笑)。あ、でも8割ぐらいは答えられます。あぁ……でも自分で作ったひっかけ問題にもひっかかったりと…。
安藤:結構“してやったり”という感覚ですね。なかなか答えるのは難しいかもしれませんが、その100万問あるなかで一番印象に残っている設問はありますか。
後藤:おバカな問題を作るのは好きです。たとえば「地球は東京ドーム何個分の体積でしょう?」とか。こんなこと知っていてもしょうがないだろうという問題も、自分で計算して作ったりはしますね。5秒で作れる問題もあれば、30分、下手したら1時間ぐらいかけて作る問題もなかにはあります。
安藤:一生懸命計算している姿は、一見して無駄なようにも思えますが、印象的で面白いですね。“遊び”という感じ。生活には必要にないところに、とてつもないカロリーを割くところにゲーム作りの面白さがある。
安藤:円周率の暗唱もそうですよね。後藤さんがユニークなのは、あれだけ円周率を覚えたあとに、人生の座右の銘が「π=およそ3(人生、だいたい合っていればOK)」なんですよね。無駄なものにカロリーを割くことに対しどこか俯瞰していて、自らで「滑稽だよね」と提示しているようで、あれだけ超人的な桁数を覚えた人が「πはだいたい3です」というところに面白みを感じます(笑)。
効率的に物事を考える人からすると意味不明ですが、「だから面白いじゃん」と言っているようにも思えます。そもそもゲームってそういうものですし、今後ますますこういう考え方が価値のあることになります。
何故ならば効率的にできることは全部AIやコンピュータが代わりにやってくれる時代になる。カヤックという会社も、効率的にやろうというプロジェクトがある一方で、「何でこんなことしているんだろう」ということに対してもバリューを置く会社ですよね。
後藤:おっしゃる通りです。そもそも『クイキン』を4年半続けさせてもらえたことが、カヤックならではだと思います。ほかの会社ですと、2年ぐらいで打ち切りになっていたことでしょう。もちろん下火になったら撤退を考えることも正しいとは思うのですが、やっぱり遊んでくれているプレイヤーがひとりでもいる限りは、最善を尽くしたいです。
それは会社のほうも分かってくれましたし、何より僕以外のスタッフもみんな頑張ってくれたおかげです。ふつう運営タイトルが下火になると、やる気も萎えてきて、ゲームでも全然施策を打たなくなり、最後のほうは運営0になってしまうのですが、チームは誠意をもって作り続けました。
安藤:チームのみんながモチベーションを保ち続けたのは、相当すごいことだと思います。これに関しては、じつは売れている・売れていないは関係なく、作り手が抱えている悩みのひとつかもしれません。売れている人も、ずっと同じタイトルをやり続けることの辛さに直面しています。なかでも0から1を生み出すことに喜びを覚えるクリエイターは、当然ストレスを感じるのかもしれません。
これからネイティブアプリでも5年続いたタイトルが増えてきます。ということは、10年続くタイトルというのも現実味を帯びてきたわけです。そうすると、65歳の定年まで40年あまりものを作るという健康寿命があるなかで、四分の一がそのタイトルに割かれるということになる。そのタイトルに支えられるとはいえ、どう立ち向かっていけばよいのかというのはみんな気になっていることだと思います。この件に関して、後藤さんの考えをうかがってもよろしいですか。
後藤:ゲームは、自分の子供みたいに思えてくるのです。当たり前ですが、飽きたからって子供を捨てるということは無いじゃないですか。やはり愛情をもって、大事に長く育てたいという気持ちがあります。奇しくも『クイキン』がリリースされる一週間前に長男が生まれました。僕個人の場合は、この子が物心ついて『クイキン』が遊べるようになるまでは続けたいという私情もありましたね。
安藤:スポーツ選手のようです。彼らが早く結婚する多くの理由は、父親が現役であることを息子に見せたいから。というのはよく聞く話ですよね。
安藤:チームのみなさんはどうでしたか。長期にわたって一緒にやられた方もいます。
後藤:最終的には3人となりました。自分でいうのは照れくさいですが、スタッフからは「後藤さんが日夜クイズを作っている背中を見て自分も頑張れた」と言われました。
安藤:後藤さんの熱量がチームのみんなを引っ張ったのでしょう。KPI至上主義で考えると、『クイキン』はもっと早くに撤退ラインがあったはずです。しかし、カヤックという環境と後藤さんとチームの情熱があったからこそ、4年半という長期運営に繋がったのだと思います。
安藤:ドライに考えると、物凄い効率主義な企業であれば、仮に撤退ラインが2年として……。後藤さんほどの才能を持ったクリエイターならば、残りの2年半であと2本ぐらい新しいゲームが作れたという考え方もありますね。
もちろん、クイキンのあとも後藤さんが携わった新作が出ています。とは言っても運営しながら作るのと、ひとつのタイトルに専念するものがあれば、出来上がるものは変わってくると思います。
その決断をせず4年半続けて良かったこと、悪かったことはありますか。
後藤:会社としては、『クイキン』を終わらせて新しいことに専念させたほうが良かったのかもしれませんが…。
安藤:僕がこの質問をしたのは、効率主義者の人たちに一発ガツンと言ってほしかったからです。「ゲームづくりは効率だけではない」と。2年で撤退した人には、4年半運営を続けた人の話は“たられば”になってしまいます。いま実際に4年半の景色にいる人からこそ「100%良かった」という話が始まっている。とても興味深く聞いています。
後藤:まず中途半端で終わらせるのは、絶対に悔いが残ります。それは後々のクリエイター人生のなかでも響く。
安藤:見方によっては自分のクリエイター人生が2年半食いつぶされたということもできます。実際にはその2年半を続けたことのほうが価値があり、充実した中身が濃いものであったんですね。
後藤:ええ。本当は厳しい状況でした。リソースがどんどん削られるなかで、でもプレイヤーには今まで通り楽しんでもらえるような運営を続けなくてはいけない。だけど、そうした状況下のなかでもものづくりしたからこそ、学べたこともいっぱいあります。
クリエイターとしての経験を積むには、人気が昇ってきたときに学ぶことは当然いっぱいありますが、落ちてきたときの粘り、頑張っているときにも学べることは多々あります。そこを疎かにしている企業は、長期的に見てもつまらない会社になってしまうと思います。
安藤:ピンチのときに粘り続けることで得られるものは、その作品あるいはクリエイターの個性なのかもしれません。また、そこで得られたノウハウは今後のクリエイター人生にもいい影響が出るのでしょう。遠回りかもしれませんが。
後藤:そうですね。ただ、ものによっては早めに終わらせたほうがいいものもありますが、こと『クイキン』に関しては、このゲームでしか送り出せてないプレイヤー体験があると確信があったので、ここで終わらせてはダメだという信念はありました。
『クイキン』は終わりますけど、今後また将来何かしら似たようなクイズゲームが出る際は、これらのノウハウは絶対活きていきますし、プレイヤーを大事にすればまた新しいゲームを立ち上げた際にも帰ってきてくれるかもしれません。それは長期的に考えても会社のためになることだと思います。
安藤:4年半続けていて、印象的だったプレイヤーはいますか。
後藤:毎月イベントをやっていたのですが、毎回1位を獲得している人がいました。先ほど話したように、僕も学生時代にはクイズゲームに情熱があったので、昔の自分を思い出すようで本当に嬉しかったです。
安藤:その方にとってもすごく思い出深い4年半だったと思います。ちなみに、売上や熱量という観点ではどのような推移を辿っていったのでしょうか。
後藤:最初の1年目がピークでした。『黒猫のウィズ』がリリースされてからは少し成長が止まり、2年経ったころから下降していきました。ただ3年目以降はずっと波がほとんどなくて、一直線の状態でした。一時はリソースが全然割けなくて、クイズも追加できない状態だったのですが、それでもずっと落ちずに続いていました。
安藤:であれば、むしろ4年半で終わろうと思った理由はどこでしょうか。波はなく凪であれば、まだ続けるという選択肢もあったわけです。その区切りになったものは何だったのでしょうか。
後藤:クイズゲームなので問題の鮮度ですね。それこそ絶頂期は何かニュースがあればすぐにクイズにしていました。
後藤:ええ。たとえばアイドルグループのメンバーが変わったら、すぐデータに反映させるなど、クイズには即時性が求められます。運営の縮小に伴って、そういった細かい対応も難しくなっていきました。古い情報のままクイズが出題され続けてしまい、そういう意味でもクオリティが維持できなくなってしまった。
赤字ではなかったですが、このままクオリティがダダ下がりのまま、なんとなく終わっていくよりかは、きちんと最後は満足のいくエンディングを作り続けて終わらせようと決断しました。
安藤:なるほど。さよならキャンペーンをやって、最後のオーラスを盛り上げられる臨界点が、2017年1月だったと。
後藤:はい。ただサービス終了するタイミングは少しだけ調整しました。本当は年内で終了する予定でしたが、家族で遊んでいる人たちもいるので、やはりお正月までは遊べるようにしようと年明けになりました。そして、じつは1月9日は一休さんにちなんで、クイズの日なんですよ。
後藤:だからクイズの日までは遊べるようにして、その翌日の1月10日にクローズ。
後藤:散り際をなんとか少しでも楽しく演出したかったのです。
安藤:物語性があっていいですね…。『クイキン』の4年半は、それよりも短くてもありえなかったし、これ以上長いというのもありえなかった。本当に天寿を全うしたレアなケースだと思います。
安藤:辞め際の問題は、どのゲームにも起こること。そのとき、どうラストを迎えるのかは、色々なやり方があると思いますが、これが摺り切りいっぱい「ここで終わりです」と言えるのは、これまでもこれからもなかなか出てこないんじゃないですかね。すごく幸せなタイトルだと思います。
後藤:はい。会社にも感謝していますし、メンバーにも感謝しています。
安藤:ただ、プレイヤーにとってはいずれせよ遊ぶゲームが無くなってしまうので、さすがに寂しいとは思いますが。
後藤:サーバ連携しないといけない仕組みになっているので……。関係なければそのままストアに置いておいてもいいのですが。
安藤:オフラインでも遊べるような施策は考えているのですか。
後藤:いえ。ただ、クイズのデータは大事な資産ですので、仮にまたクイズゲームを作る際には使えるかもしれません。
安藤:後藤さんの作り手の人生はまだまだ続きますが、今後やってみたいことなどがあれば教えてください。後藤さんが未来に思い描いている作品の話なども聞けると嬉しいです。
後藤:『クイキン』はクイズ、『もじぴったん』は言葉の知識。ゲームって基本的には暇つぶしみたいなものですけど、遊ぶことで人生の何か役立つこともあれば、価値観も変わることだってあります。それはジャンルにとらわれず、RPGやアクション、もしかしたら音ゲーかもしれません。遊んでくれた方の人生に何か影響を与える、そういう作品を作りたいですし、僕のこれからの制作意欲にもなります。
安藤:『クイキン』は4年半運営されていた。さらに4年半後、ゲームはどういうふうになっていると思いますか。ちょうど4年半前は、スマホゲームがプラットフォームとして新しい土壌を築いたタイミングでした。僕や後藤さんが、当時チャレンジしていたゲーム市場とは、これからの4年半はタイトルの多さや、コンテンツ消化の早さなど、また違う難しさがあると思っています。
後藤:僕の今後の願望ではありますが、あまりスマホにはこだわっていません。当然しばらくは作ると思いますが、もしかしたら近い将来、テーブル筐体で新作を作っているかもしれません。IoTなど、まだ見ぬ未来のガジェットが出てくれば、クリエイターとしても楽しい時代になるのかなと思います。
安藤:作り手にとって、新しいおもちゃ。それが4年半後にはあるということですね。
安藤:楽しみですね。そればかりは分かりませんが、また4年半後に新しい作品がどうなっているのか、そこを軸にお話が聞ける日も楽しみにしています。
後藤:ええ。オリンピックごとに新しい作品を出せるように。
安藤:最後に。プレイヤーの皆さんに伝えたいことはありますか。
後藤:そうですね。……恐らくなかにはサービス終了5分前ぐらいに、このゲームをダウンロードして遊び始める人もいると思います。
後藤:その最後の1分10秒まで遊んでいる人のためにも、きちんと運用していきます。ぜひ最後まで遊んでくれたら嬉しいです。そして4年半支えてくださった皆様に、また報いられるような次回作を頑張って作りたいと思います。終わってしまうのは申し訳ないですけど、みなさんの声のおかげで、これからもゲームを作っていきたいです。
【記事前編に掲載したクイズの答え】
答え:3位
(3位の人を抜いたら、今度は自分がその順位になる。よく考えれば普通に分かる問題だが、緊張感のあるゲーム中はついつい焦ってしまい“2位”と答えてしまう人が続出。シンプルながらも少しとんちのきいた問題)
テキスト:原孝則(Takanori Hara) Pick UPs! 代表 / 編集者 / ライター / APPアナリスト。過去、ゲーム会社でマーケティング、広報、WEBプランナーなど多数のPR業務に従事。その後、Social Game Info 副編集長、Social VR Info 編集長を担当。現在は、ゲームとビジネスの観点で執筆・企画に尽力するほか、アプリデータ分析サービス「Sp!cemart」の編集長も兼務。
ツイッターアカウント→原 孝則@ha_tatsu