さまざまな海外のおもしろいゲームをローカライズし、日本のゲーマーに届けてくれるフライハイワークス。その代表取締役である黄政凱さんの、現在に至るまでの軌跡を追う連載、第6回です。
フライハイワークスとして最初にリリースしたニンテンドー3DS用ダウンロードゲーム『魔女と勇者』が大ヒット。そのあとも次々とヒットを飛ばし、軌道に乗ったかと思えたフライハイワークスですが、思わぬピンチに陥ることに……。そこから起死回生の一手となったのはNintendo Switchの登場でした。今回は、それからのフライハイワークスの活躍を追っていきます。
コラム第1回目:少年期編
コラム第2回目:大学~兵役編
コラム第3回目:就職編
コラム第4回目:起業編
コラム第5回目:ゲームリリース編
■ついに本体と同時発売のソフトをリリースできた!
2013年、ニンテンドー3DSのダウンロードゲームでヒットを連発したフライハイワークス。よし、ここからもっと高く飛んでいくぞと思ったそのときから、少しずつ下降が始まっていました。
2014年は28本ものダウンロードゲームをリリースしたのに、思ったほど売上が上がらない。そして2015年、2016年もあまり大きく売れたタイトルはありませんでした。これはニンテンドー3DSのダウンロードゲーム市場が縮小していったことに加え、参入社も増えて一人あたりのパイが少なくなっていったのが要因だと考えています。あれはまさに冬の時期でした。
再度大チャンスが訪れたのは、2017年3月のNintendo Switchの発売です。Nintendo Switchの発売日について情報を聞いたのは、2016年の冬。これが早いのかどうかは分かりませんが、少なくとも、当初「NX」と呼ばれていた新ハードの正式名称が「Nintendo Switch」だということを知ったのは、ユーザーさんと同じくYoutubeでのアナウンスムービーでした。最後の『スプラトゥーン』の大会みたいなシーンですごく興奮しました(笑)。
それで、Nintendo Switchにはいろいろな新しい仕様があるということを知り、さらに「タッチパネル」も搭載しているとのこと。それなら音ゲーも出せるのでは? それに気づいたのが12月ぐらいのことでした。つまり、ハード発売の3カ月前ということになります。
このとき僕の頭に浮かんだのは、音楽ゲームの開発に定評がある台湾のゲームメーカー・Rayarkさんが生み出したiPhone用ゲーム『VOEZ』でした。イラストがきれいで、操作感も気持ちいい。しかも、楽曲が本当にすばらしいのです。このハイクオリティなゲームをなんとかしてNintendo Switchに移植できないものか……そう考えました。
でも、ハードのリリースまでさほど時間はなく、急ぐ必要があります。早速Rayarkさんに提案してみたところ、ご快諾をいただくことができました。そこで次は開発会社のエスカドラさんに移植開発の依頼をし、こちらもご快諾をいただけ、ついにNintendo Switch版『VOEZ』が始動することになったのです。
あとはみなさんもご存じのとおり、2017年3月のNintendo Switchの発売タイミングに合わせて、見事『VOEZ』をローンチリリースできました。これは、フライハイワークスにとって歴史的な出来事。本体同時発売タイトルは大きな注目を集めますし、Wikipediaなどにも名前が載ります。かつてPlayStationシリーズの発売日には、必ず『リッジレーサー』シリーズのソフトが発売されていたことを、今なお覚えている方も多いのではないでしょうか。
任天堂さんや、Rayarkさん、エスカドラさん、たくさんの方の協力があってローンチ日にソフトを出せたのは、本当にうれしかったです。
■失敗はのちの成功への伏線になる
じつは、Rayarkさんとはこの案件の前からご縁がありました。4年ほど前に展示会で近くにいたため、「今度一緒に何かやりましょう」とお話をしていたのです。そのときは残念ながらうまくいかず、企画が流れてしまいました。ただ、その流れがあったからこそ、今回声をかけたときにはトントン拍子で物事を進めることができたと思います。もし4年前の一件がなく、ゼロからの接触だったとしたら、こんなにうまく進むことはなかったでしょう。そう考えると、あの時うまくいかなかったのも意味がないことではなかったんだなと思えます。
移植版の開発をお願いしたエスカドラさんとも、以前に一度お仕事をしたことがありました。それが、2016年にフライハイワークスから出した唯一のiOS用ソフト『魔神少女音楽外伝 ルディミカル』。これがまた、信じられないくらいに売れなかったタイトルなんです。
あのころ、スマートフォンでゲームを遊ぶユーザーは5500万人くらいいたはずなのに、こんなに売れないなんて……。当時は「大失敗だ!」と思ったものですが、一方でこの案件があったからこそエスカドラとの縁ができ、『VOEZ』についてスムーズに開発をお願いすることができたともいえるのです。
端的に言ってしまうと、『VOEZ』の成功は『ルディミカル』で失敗したぶんを軽く凌駕するほどだったので、結果オーライかな、と思っています。しかも『ルディミカル』は、Nitendo Switch版を出すことができ、こちらはちゃんと売れて回収できたというおまけつき。人生、何が起こるかわからないものですね。
こうした経験から、最近の僕はうまくいかないことがあると「ははあ、これは後の成功につながる伏線なんだろうな」と考えるようになりました。
こうして『VOEZ』を足掛かりに、Nintendo Switchのダウンロードゲーム市場で成功を収めることができた結果、フライハイワークスは以前よりも高く飛べるようになりました。でも、一度ニンテンドー3DSのときに谷底を見ているので、この現状を楽観視してはいません。うまくいっているのは僕らの実力というより、任天堂さん、そしてNintendo Switchというハードの魅力のおかげだと考えているからです。
■「黄さんは3人いる?」──その言葉の真実とは
そうはいっても、ニンテンドー3DSのころとはダウンロードゲームの状況自体が変わってきていることも感じています。ニンテンドー3DSのときは、ダウンロードゲームを楽しんでいるのは一部のユーザーさんだけでした。数百円で買えるゲームなんて大しておもしろくないだろう……そんな決めつけのような空気を感じたりもしました。
でも、Nintendo Switchになってからはダウンロードゲームの立ち位置は少々変わってきています。より市民権を得て、一般的な存在になってきましたから。リリースして1年半のハードウェアですし、Nintendo Switchはまだパッケージソフトの数がそんなに多くありません。そのためか、「大きなタイトルが出るのを待つ間は日常的にダウンロードゲームで遊ぶ」……そんなユーザーさんが増えてきていると思います(このコラムを読んでくれているみなさんはいかがですか?)。
また、ゲームのパブリッシャーにとっても、Nintendo Switchになってから環境は大きく変わりました。ダウンロードゲームを出すにあたっての審査のプロセスなどが簡略化され、リリースのハードルは確実に低くなってきています。Nintendo Switchでダウンロードゲームをリリースするゲーム会社が増えてきているのは、そういう部分があると思います。
これは日本だけではなく、世界規模での流れともいえます。最近では「フライハイワークスとして日本版を出したい!」と思うようなおもしろいゲームも増えてきました。僕は、なるべく多くの作品を弊社経由で出したい、と考えています。
そして、Nintendo Switchのリリースの初期に『VOEZ』や『神巫女-カミコ』を出せたことは、利益以外のいい影響ももたらしてくれました。この2タイトルのおかげでフライハイワークスの名前を知っていただく機会が増え、海外のデベロッパーさんに最初から弊社のことを知っている状態で、交渉をすることができるようになりましたから。
また、そうして得た収益を使って、さらに多くのゲームの権利を取得できるようになったことも見逃せません。いいゲームを出すことでお金も入るし、信頼も得られる。さらにそのお金と信頼を使って、次の作品のリリースにつなげることが出来る。こうした「いい循環」が、少しずつ軌道に乗りつつあります。
そしてもう一つ、Nintendo Switchが発売して変わったことがあります。それは、フライハイワークスのチームメンバー内で「阿吽の呼吸」がとれるようになってきたこと。
現在、フライハイワークスは台湾、香港の協力会社も含め、10人ほどのチームで動いています。じつはこのチームメンバーは、コンシューマゲームの仕事の仕方がほぼわからない状態で集まった人たちでした。そのため、2016年までは制作物からメールの文面まで、最終出力はすべて僕を通すという体制でやっていました。僕がOKしたものしか、表に出さないようにしていたのです。
「メールの文面までチェックを?」と思うかもしれませんね。でも、取引先に対してどういう対応をすべきかということは、イチメンバーの立場ではなかなか理解できないものなのです。僕にとっては、フライハイワークスのことはすべて自分ごと。でも、メンバーにとっては仕事の一部ですから、それも当然だと思います。
とはいえ、いつまでも僕がすべての内容をチェックすることも限界があるので、ノウハウは逐一伝えていきました。たとえば、取引先の依頼メールに対して。状況によっては承諾できない内容があったとしても、ただ単に「できません」と返すのではなく、「◯◯することはできませんが、代わりに△△することはできます。いかがでしょうか?」と、相手に提案をする。このワンアイデアを盛り込むだけで、物事がスムーズに動く局面は少なくありません。
こうしたノウハウは、一つずつメールに修正を加えることなどで、少しずつメンバーに浸透していきました。
2017年の始め頃までは、どんなやりとりも最終的に自分でやっていたと思います。そのため、任天堂さんのインディワールドというサイトに登場させていただいたときに「(フライハイワークスは)常に複数のタイトルのローカライズを手掛けているわりに社員数が少なく、任天堂社内では“黄さんは3人いる”という噂が流れているとか」という紹介がついていました。これはいつメールをしても、僕が返信していたからでしょう(笑)。
■「自分がこのゲームを買ったらどう思う?」が基準に
また、制作物においても僕が「こうしてほしい」と思うレベルと、メンバーが「これでいいや」と思うレベルにしばらくギャップがありました。当時はそれを少しずつ埋めていくことにも、労力を割いていましたね。
たとえば、音楽がループせずにフェードアウトして、途切れたうえでまた再生している。タイトル後に表示される企業ロゴがボタンを押してもスキップできない。セリフを改行した冒頭に「。」がきてしまっている。こうした状態がそのままになっていることがしばしばありました。些細なところではありますが、ゲーマーであればどれも気持ち悪い部分だと思うんです。
なので、これらを見つけるたびに「あなたがお金を払って買ったゲームがこのような仕様になっていたらどう思う?」と問いかけ、“当たり前”のレベルを上げてもらうようにしました。
無料、もしくは安いダウンロードゲームだったら、こういうこともよくあるかもしれません。でも、それがもしちゃんとしたゲーム会社さんから発売されたソフトだったら「あれっ?」と思いますよね。僕は、フライハイワークスから出すゲームは、なるべく「ちゃんとしたゲーム会社」のレベルまで持って行きたかったのです。
なぜなら、これらは技術の問題ではなく心持ちの問題だから。がんばればできる問題だから。でも、心持ちであるからこそ、それを理解してもらうまでは3年ほどの時間がかかりました。2017年の後半くらいからやっと、僕が要求するラインを当たり前のものとしてとらえてもらえるようになったのです。今では、メンバーに直接取り引き先とやり取りをしてもらうことが多くなりました。とても頼もしい。
思えば僕自身もアークシステムワークスに入社したときは、右も左も分からないような状態の新人でした。いろいろな方々にいろいろなことを教わりました。だからこそ、最初はメンバーが何もわからないのも無理はないと理解できますし、コツコツと自分のやり方や考え方を伝えてきました。そうして、メンバーに仕事を任せられるようになったおかげで、僕はシシララTVさんで長時間のゲーム実況などができるようになったのです。
そういう意味で、ゲーム実況は僕の真の目的とも言えます。ずっとゲームを遊んでいられるようになることが、今でも僕の夢なのです。20時間を超える生配信もシシララTVさんにやらされているわけではなく、本当に僕自身がやりたくてやっていることなんですよ(笑)。……と、このへんのお話はまた次回に。
(第7回につづく)