フライハイワークス・黄 政凱の「台湾人だったけど、日本のゲーム会社社長になってみた!」 【連載第8回:2018年の振り返り編】
さまざまな海外のおもしろいゲームをローカライズし、日本のゲーマーに届けてくれるフライハイワークス。その代表取締役である黄政凱さんの、今考えていることをお届けするコラム、第8回です。
2018年もいよいよ大詰め。昨年のNintendo Switchのソフトの好調を受け、2018年という1年は、フライハイワークスにとって今後をどうするか考える年となりました。黄さんが選んだのは、タイトル数を増やすことでもビッグネームのタイトルを取りにいくことでもなく、YouTuberとしてデビューすること! 一見、突拍子もないような選択の裏に隠された、黄さんの人生哲学を語っていただきます。

コラム第1回目:少年期編
コラム第2回目:大学~兵役編
コラム第3回目:就職編
コラム第4回目:起業編
コラム第5回目:ゲームリリース編
コラム第6回目:飛翔編
コラム第7回目:プロデューサー編
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■フライハイワークスの今、そして行く先

気がつけば2018年ももう終わり。今回はフライハイワークスの2018年はどうだったのか、という話から始めましょう。

Nintendo Switchが発売されたのが2017年3月。発売と同時にソフトをリリースできたフライハイワークスは、そこからNintendo Switchのダウンロードソフト市場にどんどんソフトを送り出し、過去最高の売り上げを達成することができました。

しかし2018年は、誰でも予測できたと思うのですが、いろんな会社さんのたくさんのゲームソフトがNintendo Switchでリリースされました。フライハイワークスとしては、2018年は、2017年の勢いを維持しながら「イイ立ち位置」をキープできたと思っていますが、来年以降もこの「イイ立ち位置」をキープできてるかというと、「わからない」というのが正直な気持ちです。

まぁ正直、今までは別に何か計画性があってやってきたとか、未来を予測してやってきたわけではなく、ただ「最低限これだけは」というのをなるべく守り、あとは行き当たりばったりでやってきたようなものなので、常に一寸先は闇だと思っています。2017年比較的うまくいったのは、ただのラッキーだとも。

ただ、ここから目指す方向として、「もっとリリースタイトル数を増やす」とか「ビッグネームのタイトルを狙いにいく」という方向に進むべきではないかな、と感じています。結果的にそうなったらうれしいものの、そういう「狙ってやる」のはほかのもっとすごい会社さんにお任せして、フライハイワークスはあくまで今までどおり「臨機応変」と「行き当たりばったり」でいいんじゃないかなと考えています。
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せっかく神様がくれたラッキーチャンス。そのチャンスを使って「ダブルアップ」にチャレンジするという選択肢もあるのかもしれませんが……一回落ち着いて、「僕が本当にやりたかったこと」を考えてみました。その「やりたいこと」のひとつがYouTubeでのゲーム配信です。

この秋から僕は「コウシャチョーのゲームチャンネル」というチャンネルを作り、一個人としてゲーム動画を配信する活動をスタートしました。シシララTVさんに協力してもらって配信している定期番組「フライハイ黄社長の朝から晩までゲームばっかり!」の動画もアップしています。これからは黄個人の露出を増やし、いつか僕自身が最大の広告塔になれればと思っています。「平成の高橋名人」、みたいな。平成もう終わっちゃいますが(笑)。

■1番であることより、ハッピーでありたい。

YouTubeの動画をアップし始めたのには、もうひとつ理由があります。僕は幼いころに、ある目標を立てていました。それは「この世にあるファミコンのソフトを全部クリアする」ということ。このコラムでも、1度書いたことがあるかもしれませんね。ただ、そのときはファミコンくらいしか家庭用ゲーム機がなかったもので、当時の僕としては「この世にあるゲームソフトを全部クリアする」ということは、わりと実現可能な夢であると考えていました。

実際、ファミコンやスーパーファミコンくらいまでは、その目標は達成可能な範囲だったように思いますが、だんだんリリースされるハードやソフトの数が増えていき、今では世のなかにあるゲームソフトを全部クリアするなんて荒唐無稽な話になってしまいました。ソフトの数が多すぎるのです。ゲーマーにとっては喜ばしいことですけど、当初の「夢」の実現は正直諦めざるをえませんよね。

それならばせめて範囲を「自分がプレイしたいゲーム」に限定したうえで、「自分がゲームをプレイした記録を映像として残しておきたい。そして、人に見てもらいたい」と思い、YouTubeのチャンネルを立ち上げました。これは、僕のゲーム人生のアーカイブなんです。だから、たとえばチャンネル登録数がそんなに増えず、鳴かず飛ばずであったとしても、この活動は続けていきます。もちろん、せっかくだからたくさんの人に見てもらいたいので、いろいろがんばろうとは思っていますけどね(笑)。

ただ、「1番になってやる!」といった野心はあまりないです。普段の仕事でもそうなのですが、「売上ナンバーワン!」とかはあまり目指していません(もちろん、なれたら嬉しいですが)。そもそも「ゲームって楽しい!」からスタートしているハズなので、楽しいか否か、ハッピーであるか否か。それが自分にとって、もっとも大事なことだと考えています。
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もちろん、ハッピーであり続けるためには、ときには「たいへんだなぁ」とか「忙しいなぁ…」となることもあります。それは当たり前のこと。ただ、それが度を越してしまって「楽しくないなぁ」とか「辛いなぁ…」とかにならないようには、いつも気を付けています。

ゲームが好きで、「ハッピーになるために始めたゲームの仕事」なのに、「ゲームの仕事のせいでアンハッピーになる」のは本末転倒ですからね。

■ゲームを一生遊び続けるには、体力が必要

ゲーム業界というのは基本的に「たいへんな世界」だと思っています。そんな中、ゲームへの情熱を燃やしまくって燃え尽きてしまった人が退場し、燃え尽きなかった人が生き残る、そんな世界な気がしています。大抵の「エンターテイメント業界」ってそんなものだと思いますが。
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自分にかんしていえば、最近だんだん「燃焼効率が悪くなってきたな」と思うことが増えてきました。昔は当たり前のようにしていた徹夜も、最近はもうできない。夜になると目がしょぼしょぼして、視界がクリアにならなくなるんです(笑)。うっかり朝まで起きていようものなら、3日間くらい体調がもとに戻らず、なんとなくぼーっとしてしまいます。時差ボケのようなものですね。

だから、今はなるべく午前1時くらいまでには寝て、朝8時~9時には起きて、睡眠はちゃんと取るように心がけています。とはいっても、朝の10時から夜の1時まで、ずっとオフィスの机の前に座ってることも多いので、オーバーワークといえばそうなのかもしれませんが、それくらいは大丈夫。自分なりに、無茶はしないと決めています。

じつは、自分の体力の衰えを実感したのは昨年の東京ゲームショウ2017でした。1日目、2日目とブースに立っていたら、もうとことん疲れてしまったのです。3日目と4日目は対応をスタッフに任せ、ずっと隅の暗がりで休んでいました(笑)。
休みながら、「ああ、初めてゲームショウにスタッフとして参加したときは、いまだに忘れもしないほど感動したのに、今の自分は4日間フルで立っていることさえできないんだな」と思ってショックでした。運動をしないから体力がないのでは? そう考えてライザップに登録し、体重を落としつつ筋肉をつけて体質改善をしようと試みたりもしました。

目一杯遊ぶためには、体力も必要なんですよね。気合さえあればなんでもできると思っていましたが。僕は一人のゲーマーとして、できるだけ多くのゲームをやりたい、できるだけ長くゲームを楽しみたい。そう考えたら、健康な体を維持しなければいけない。遠くまで行くためにはアクセルの踏み具合もほどほどにしなければいけないかもしれない……そんなことを考えることが多くなった2018年でした。

「フライハイワークスをもっと拡大しないのか?」と聞かれることがよくあります。そこには正直、あまり興味がありません。拡大というのはつまり、会社の規模を広げるということですよね。そうすると、もっとたくさんの人を雇わなければいけない。それは非常に難しいことです。
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人が増えると、それだけでやりたいことがブレがちですし、やりたくないことをしなければいけないことも増えると思います。今ぐらいの規模のほうが、僕が「やりたいことだけをやる」ができるんです。

幸い、周りの人たちは僕の性格をよく理解してくれている(気がする)ので、やりたくないことを「やりたくない」といってもわかってくれます。僕が何かに対して「ノー」と言っても、それは悪意があるわけでなく、純粋な判断としてノーなのだと受け取ってくれます。僕はいい意味でも悪い意味でも「ノーと言えない日本人」ではないので(笑)。今ぐらいの環境が、自分が一番スムーズにやりたいことに専念できると思っています。

もちろん、無理をすれば辛い仕事をすることもできますよ。でも、家に帰るとどっと疲れてしまう。「辛い」とか「イヤだ」とかいう感情に埋め尽くされてしまうんです。肉体的にも精神的にもすり減って、気がつくとここ3カ月くらい何をしていたか憶えてない……そんな経験もなくはありません。でも、それが「ずっと」だったら、そんな人生、嫌じゃないですか。

僕はできれば、楽しく生きていきたい。結局は自分が一番大切なんです。これは自己中心的な考え方に聞こえるかもしれませんが、そう思われてもかまいません。自分が一番大切だったからこそ、ゲーム一筋でやってきた。だから台湾での生活を捨てて、念願の日本での暮らしを手に入れられたし、独立してゲーム会社を立ち上げられた。それでよかったと思っています。