都会の喧騒から少し離れたところにひっそりと佇む"ギャルゲーBAR☆カワチ"。ここは、日々繰り広げられるコンクリートジャングルでの生存戦争に負けそうになっているメンズたちのピュアハートを、ゲーム好きのマスターが「ギャルゲートーク」で癒してくれるという、シシララTVオススメのゲームBARなのだ……。
──邪魔をするでござるよ。
カワチ:お、おう。お客さんか。おひとりかい?
──もちろんでござる。拙者のようなダメ人間に連れがいるわけがなかろう? ブヒヒ。
カワチ:なんだかよくわからないけど、あまり自分を卑下しないほうがいいぜ……。
──ブヒッ。拙者がバカにしているのは、自分よりも3次元の女性でござるがな。やっぱり女性は紙かjpegに限るでござるよ。それかモニター越し!
カワチ:いきなり突飛なことを言い出すなぁ。なんだ? あんたもギャルゲーが好きなのかい?
──もちろんでござろう。ギャルゲーのヒロインは拙者が何をしても怒らぬから大好きでござる。もう何人の女性で昇天したことか。
カワチ:……。
──2次元サイコー! ブヒ! ブヒ!! ブヒヒ~ン!!!!
別の客:えっと……マスターごちそうさま。お代、ここに置いておくよ。
カワチ:おう。
(バタン)
──ブヒブヒ~!
カワチ:……。(ガチッ)
──ブ、ブ、ブヒィ~! なぜいきなりアームロックを!
カワチ:あのな、俺の店であまり品のない行動は取らないでもらえるかな。
──ブ、ブヒィイ!
カワチ:ギャルゲーをプレイしているときはね、誰にも邪魔されず自由で救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……。
──なんだと~! 自由にやっていいなら、アンタから文句を言われる筋合いはないだろ!!
カワチ:そうだな。ただね、ギャルゲーは人生の逃避行先じゃないんだよ。もっと真剣に向き合えよ。2次元のヒロインに。
──そんなの無駄でござる! どうせデータで作られた存在にこっちの気持ちなんて届かないんだから、飽きたらポイでいいござる!!
カワチ:こっちの気持ち? バカ野郎、お前はヒロインの気持ちになって考えたことがあるのか!
──ハァ? 何を言っているでござるか?
カワチ:仕方がない。そんなお前にはこれだな。
──『Ever17 -the out of infinity-』? なんでござるかこのゲームは?
カワチ:なんだ、オタクなのにこの名作を知らないのか。2002年8月29日にKIDからドリームキャストとPlayStation2で発売された傑作アドベンチャーゲームだよ。『infinity』というシリーズの2作目さ。
──拙者、まだ若いので知らないでござるよ……。
カワチ:いい加減、そのござる口調もどうかと思うわけだがそれは置いておいて。このゲームの物語は2017年の5月1日からはじまるんだ。ついにリアルがゲームに追いついたわけだな。
──ほほぅ。
カワチ:で。いつもはお客さんにネタバレ全開でゲームの魅力を紹介しているが、今回はメインで紹介するルート以外については語らないことにする! ネタバレが致命的な作品なんでね。本当はネタバレが致命的ってことも明かしたくなかったのだが、そこは仕方がない……。
──ミステリー的なゲームでござるか?
カワチ:あぁ。シナリオ原案と構成を務める打越鋼太郎さんがゲームならではのギミックを作るのがうまいんだ。せっかくだから本作を手掛けたスタッフを紹介しておくか。
──ぜひに。
カワチ:まずは監督の中澤工さん。前述の打越鋼太郎さんとともに中核を担う人物だ。infinityシリーズ以外にも『Myself ; Yourself』や『ROOT√DOUBLE Before Crime * After Days』を手掛けていたり『シークレットゲーム -KILLER QUEEN-』の移植を担当していたりする。アドベンチャーゲームを愛する人だよ。
──ぐ、そのような有名な方の名を知らず恥ずかしいばかり……。
カワチ:で、根幹となる世界観を作り上げたキーマン・打越鋼太郎さん。ゲームならではの表現で極上のシナリオを作る天才クリエイターだ。氏の手掛けた『極限脱出』シリーズは海外でも高く評価されているぞ。まさに世界が誇るクリエイターだな。
──べた褒めでござるなぁ。
カワチ:そして『EVER17』を語るうえで欠かせない天才がもうひとり、サウンドの阿保剛さん。最近のファンには『STEINS;GATE』を手掛けたことで有名かな?
──おぉ、シュタゲ! それなら拙者も知っているでござるよ!
カワチ:『STEINS;GATE』も名曲揃いだったが、『EVER17』も素晴らしい楽曲ばかりなのでぜひ聞いてみてほしい。とくにタイトル画面で流れる「Karma」が新曲だ。俺が死んで霊柩車で運ばれるときはこの曲を流してほしい……。
──覚えておくでござる。
カワチ:そして最後のキーマン。イラストレーターの滝川悠さんだ。本作がここまで爆発的なヒットになったのは滝川さんの描く魅力的なキャラクターがあってこそだ。ちなみに滝川さんは『infinity』シリーズに続く『integral』シリーズの『12RIVEN -the Ψcliminal of integral-』のキャラクターデザインを務めている。
──なるほど。
カワチ:多彩な機種で発売されている『Ever17』だが、リメイクのXbox360版はキャラクターが3D化されているのが特徴だ。ユーザーからは不評だったが、自分はいいチャレンジだったと思ってるよ。これが『ROBOTICS;NOTES』や『パンチライン』のような3Dのアドベンチャーゲームにもつながっていくしな。
―─拙者も身に覚えがあるが、ファンというものは好きな作品に対するリメイクでの変化に厳しいでござるからなぁ。
カワチ:リメイクにはリメイクの良さがちゃんとあるんだけどね。オリジナルの『Ever17』のシナリオは中盤にちょっと中だるみしちゃうんだけど、リメイクはそこも改良されているんだよ。たぶんプレイせずに批判している人も少なくないように思う。悲しいなぁ……。
──なるほど……って、それはわかったからさっさとゲームの説明をしてほしいでござる! もうウィキペディアで調べるでござるよ!!
カワチ:ちょっと待て!! ウィキペディアはネタバレ全開だから不用意に開かないほうがいい! 俺がちゃんと説明するから待ってくれ。
──そ、そこまでいうなら……。
カワチ:先ほども説明したが、本作の舞台は2017年。今となっては時代がゲームに追いついたが、ゲームが発売された2002年から見れば、少し未来の物語として描かれていたんだ。
──ふむ。
カワチ:水深17m~51mの領域に建造されている海洋テーマーパーク“LeMU(レミュウ)”を舞台に、とある事故に巻き込まれて閉じ込められてしまった男女7人の脱出劇が描かれることになる。
──密室サスペンスでござるか! その設定に萌える!!
カワチ:そうだな。ただ閉鎖空間という極限状態のなかにしては登場人物たちがちょっとのんきすぎるんじゃないか? と指摘するファンもいるけどね。
──え、そんな状況なのにのんきに構えているでござるか?
カワチ:極限のドラマを期待するとちょっと肩透かしを食らうかもしれないけど、物語に仕掛けられた謎と真相がすごくてな。プレイ後は、そんなことまったく気にならないぐらい満足すると思うぜ。
──最後のカタルシスがすごい、と。
カワチ:あぁ。むしろ殺伐としなくて良かったよ。ゲームを終えたとき、このキャラクターたちのことが好きでしょうがなくなるから、改めて振り返れば罵り合うところなんてみたくないよ。まぁ登場キャラクターが「もうタツタサンドなんて食べたくない!」って怒るシーンとかはあるけど、かわいいものだな。
──ちなみに、いったいどんなキャラクターが登場するでござるか?
カワチ:ネタバレにならない程度に全員を解説していこう。今回、取り上げるヒロインについてはあとでガッツリと語るから飛ばすぞ。
──承知。
カワチ:まず本作には主人公がふたりいる明るい性格の熱血漢である“倉成武(くらなり たけし)”と記憶喪失の男である“少年”だ。
──猛烈なタツタサンド推し……って、ギャルゲーなのに主人公がふたり!? NTRキター!
カワチ:そういうゲームじゃねーから! それぞれ攻略ヒロインが違うんだよ!! なんか、今回の客は疲れるなぁ……。
──ブヒヒ。心の声がダダ漏れでござる。
カワチ:じゃあヒロインを紹介しよう。まずは田中優美清春香菜(たなか ゆうびせいはるかな)。
──は?
カワチ:だから、田中優美清春香菜。
──だから、なんなんでござるか、その長ったらしい名前は!
カワチ:ハハハッ。驚くよな。彼女の父親が“田中”という姓があまりにもありふれているため、せめて名前だけは独特のものにしたかったから付けたらしい。劇中では優とかあだ名で呼ばれていることのほうが圧倒的に多いけどな。気さくな性格をした女の子で声優は下屋則子さん。『Fate/stay night』の間桐桜役などで知られているかたで、とてもかわいい声をしているんだ!
──元気ッ娘でござるな!
カワチ:続いては小町 つぐみ(こまち つぐみ)というクールビューティ。大人びた……というよりも人を寄せ付けない雰囲気を持つ女性だ、
──ツンデレでござるか!? ツンデレでござるな!(ズズイ)
カワチ:あぁ、もう近寄るな! そうだよ、ツンデレだよ。声優は浅川悠さん。俺は『東京魔人學園剣風帖』の桜井小蒔でハマッたけど、世間的には『Fate/staynight』のライダーとか主演だった『真剣で私に恋しなさい!!』の川神百代が有名かな。
──ツンデレは拙者の大好物! 『アマガミ』の響先輩も好きでござるよ!
カワチ:ほう、お主もなかなかわかってるじゃないか。続いてのヒロインは松永沙羅(まつなが さら)。声優は植田佳奈さん。当時は新人だったが今では『ガールズ&パンツァー』の河嶋桃役や『Fate/staynight』の遠坂凛役で有名だな。
──佳奈さまなら拙者もよく存じているでござるよ。
カワチ:ちなみに沙羅自体は少年視点の物語でしか登場しないんだ。
──ん? どういうことでござる?
カワチ:まぁそれはプレイしてからのお楽しみってことで。彼女は優の後輩で、さびしがりやな一面も持っていて閉じ込められた不安からか少年のことを兄か父親のように慕ってくるぞ。ちなみに忍者にあこがれているからか、お前のように“ござる”とか平気で使うしな。
──おお、それはシンパシー!
カワチ:ちなみに、年下キャラはもうひとりいる。八神 ココ(やがみ ここ)。彼女は沙羅とは逆に、武視点のときに登場する子供らしく元気な女の子だ。
──ひゃっほう、ロリッ娘キタ──!
カワチ:落ち着け。そして最後に紹介するのが、2次元を拒絶しているお前にオススメしたいヒロイン、茜ヶ崎 空(あかねがさき そら)だ。
──べ、別にバカにはしてないでござるよ? ただ2次元ヒロインなんていくらでも替えがいるって言ってるだけでござる。
カワチ:チッ。まぁ説明するぞ。空さんはチャイナドレスに身を包んだスレンダーな女性で、大人の雰囲気と女性らしい優しさを持っている。声優は笠原弘子さん。彼女はLeMU開発部のシステムエンジニアだが、ネタバレをすると彼女は管理コンピュータの端末……つまりAIなんだ。
──うは、人間ではないでござるか?
カワチ:あぁ、食事を断ったりするシーンなどいくつか伏線が張られているものの、わりと早めにネタばらしされるよ。彼女は立体映像だ。作中でも語られるが、彼女は誰かに認識されることで存在できるんだ。その場にいる全員が目をつぶれば“茜ヶ崎 空”は消えてしまうんだよ……。
──なんという設定でござろう……。
カワチ:彼女は物に触ったりすることはできないけど、設計者の意向で限りなく人間に近く作られている。そして武と交流していくうちに心とはなんたるかを覚えていく……そのストーリーがいいんだよ。
──2次元のキャラが心……? 心を感じられるでござるか?
カワチ:ござるよ? みんなでかくれんぼをして遊ぶとき、ズルをせずに一生懸命隠れているところとか、すごくかわいいぞ。あとはやっぱりふたりの授業だな。武が先生の立場となって空に人間らしさと女性らしさを少しずつ教えていくイベントがあるんだけど、武は空に倉成先生と呼ばせて、武も茜ヶ崎君と呼ぶ徹底ぶりで思わずニヤニヤしちゃうんだよなぁ。
──なんだろう……空のことがちょっと気になってきたでござる。
カワチ:俺は武が空にギャル語を教えるシーンが好きだな。声とセリフのギャップが面白いんだよ。あとな、「恋とはなんでしょう?」と聞く空に「恋は理屈じゃない。生きることは恋することだ」と武が答えるんだけど、そのせいで空が「私は何のために生まれてきたのでしょう」と悩んでしまうシーンとかヤバイよ。想像しただけで切なすぎるだろう。
──その“生きること”が、空には理解できないわけでござるな。
カワチ:ああ。でもそのあとのイベントでふたりは窓ガラスに手のひらを当てるんだ。そのとき実際には触れることができない空が、なぜか“あたたかい”と感じるんだ……。ホログラムには触れられない。でもガラスを通して、そのぬくもりが確かに伝わってくるんだよ!
──おぉ!
カワチ:ただ、ここでハプニングが起こる。精神的に限界だった少年が食料のタツタサンドを「食べたくない」と捨ててしまうんだ。怒る武に空が仲裁に入るのだが彼は「人間の気持ちは空にはわからない」と言ってしまうんだ。
──アチャー。
カワチ:空は「私はプログラム。人間の気持ちはわからない」と悲観する。自分がなんのために存在しているのかわからないままにな。さらに……。
──えぇ、まだ何か追い討ちがあるでござるか!?
カワチ:武がつぐみと一緒にいるところを見てしまった空は、ふたりに嫉妬してしまうんだ。武への焦がれる思いを持ってしまったばかりにな。ただし、それがAIには必要のない思いだとプログラムに判断されてしまう……。
──えぇ!?
カワチ:嫉妬のあまり殺人未遂を犯してしまい、恋愛感情への葛藤で苦しむ空……。見ていてこちらまで苦しくなったよ……。
──さ、さささ、殺人未遂まで起こしてしまうでござるか!?
カワチ:ああ。嫉妬なんて感情まで持ってしまうなんて、じつに人間らしいじゃないか。そして彼女はプログラムであるもうひとりの自分にこう言うんだ。「人を好きになっちゃいけない? 好きになったらおかしいですか!?」と。はっきりいって、もう人間となにも変わらないよ……。
──た、たしかに、そうかもしれない……。
カワチ:ただLeMUの完全圧潰時刻は待ってはくれない。キャラクターたちは脱出方法を見つけるんだけど、空だけは連れていけないことが判明するんだ。
──え?
カワチ:空の記憶媒体を持ち込むことができないんだ。地上にでれば空と同じような存在はいるけど、武たちと共に過ごした彼女とは別人だ。
──お別れするしかないでござるか……?
カワチ:いや……それを知った武はLeMUに残るんだ。
──そ、それはまことで!?
カワチ:もちろん。そんな武に空は聞くんだよ。「どうして、『ここ』に戻ってきたんですか?」と。武は答える。「他の人間から見れば、バカバカしいことに思えるかもしれない」「でも、決して消えてなくなったりしない」「そこに存在していることを、はっきりと確信したんだ」ってな! ギャルゲーに真剣になれないお前にわかるか!! 武が空に「俺がきちん、覚えているから……」と伝えたときの気持ちが!! つまるところ、武は空と一緒に死ぬことを選んだってことなんだぞ!
──う、うぅ。
カワチ:……『Ever17』はトゥルーエンドが傑作だと言われているが、個々のシナリオにも重要なメッセージが込められている。とくに、この空編はすべてのギャルゲーマー、2次元オタクに向けたメッセージだと思っている。決して触れることはできないけど、彼女たちは確実に“いる”んだ。もしかしたら、そんなことを言ったら世間には痛々しいと思われるかもしれない。でも俺たちは彼女たちに救われてきたんだよ!! それを忘れるなんてありえない! 悲しすぎるだろう!! 俺たちとギャルゲーのヒロインたちはは遠く離れていても、いつだって繋がっているんだよ!
──うぅぅううううう。
カワチ:お前さんだってわかっているはずだ。あの日、モニターの向こう側にいる2次元の異性に感じたときめきを。最初から否定していたんだとしたら、お前はこんな形でひねくれるようなことはなかったはずだろう? 現実逃避なんてしなくてすんだはずだろう?
──拙者は……拙者は現実逃避を……。
カワチ:なぁ、ひとまず騙されたと思って、この『Ever17』をプレイしてみてくれないか? きっとお前さんなら、俺の言っていることを理解してくれるはずだ。そして、あの日の気持ちもきっと思い出せるはずだよ。
──マスター……かたじけない。拙者、どうやら何か大事なものを失いかけていたようでござるな。お恥ずかしいかぎり。この『Ever17』をプレイし、あの日のときめきを取り戻したく思うでござる。
カワチ:わかってくれたなら、それでいいさ。
──それではさらば! 拙者、帰ってさっそくプレイしてくるブヒよ──っ!
カワチ:お、おい! お代はっ!? ……ぐぅぅ、まぁ今日も1人の若人をギャルゲーが救ったと思えば安いものか……ったくやれやれ。