都会の喧騒から少し離れたところにひっそりと佇む"ギャルゲーBAR☆カワチ"。ここは、日々繰り広げられるコンクリートジャングルでの生存戦争に負けそうになっているメンズたちのピュアハートを、ゲーム好きのマスターが「ギャルゲートーク」で癒してくれるという、シシララTVオススメのゲームBARなのだ……。
そんな体裁でお送りするギャルゲーコラム。気になる第11回目のお客様の悩みと、その痛みを癒してくれるゲームとは?
(はじめに:今回の記事には一般的に「放送禁止用語」とされている文言などが登場しますが、これらは原作の意向、およびライターの意思を尊重したうえで使用しております。あらかじめご了承ください)
■側に隠れた真のメッセージにこそ意味がある。人の心の成長を描く傑作フリーゲーム
カランカラン。
カワチ:いらっしゃい。
──(ズカズカ……ドン!)おい、注文! ぼさっとしてないで注文を取りに来いよ!
カワチ:はいはいはい……。お客さん、ずいぶん荒れてますねぇ……。
──なんだ? 何か文句でもあるのか!? これだから最近の若いモンは……。
カワチ:別に若くはないんだけどね。……で、いったいどうしたんです?
──新入社員のために歓迎会を開いたのに、よりによって主役であるそいつが約束をすっぽかしたんだ! なんでも我が社の伝統である新入社員の一発芸をやりたくなかったそうだ。せっかく仲間の輪に入るチャンスだというのに……けしからん!
カワチ:いや、そんなの誰だってやりたくないのでは……。
──やりたくないならそう言えばいい話だ! 連絡もなしに来ないなど社会人としてありえん!! コミュニケーションってやつがわかっていないんだ!
カワチ:意固地だな……そんなあんたには、ちょっとこれをプレイしてみてほしいんだが。
──なんだこのゲームは。『かたわ少女』? この言葉って、おい……。
カワチ:あぁ。「かたわ」という単語は差別的だとして、放送禁止用語になって使われなくなった言葉だ。それをタイトルに冠してるわけだから、発表当時はバッシングも受けたし、そりゃもうセンセーショナルに扱われたよ。過剰なほどにな。ただ、ゲームをプレイすれば、この作品が障害者をニュートラルに扱っていることがよくわかる。そこに差別はないんだ。それだけは最初に言わせてほしい。
──お、おう。そこらへんは納得なんだが、急にまたなんでそんなゲームを俺に? ……まあいい。これはパソコンで遊ぶゲームなのか?
カワチ:ああ、そうだな。フリーで公開されているからダウンロードすれば遊べる。俺は同人イベントでパッケージ版を買ったけどな。結構レアなんだぞ、これ。
──無料でダウンロードできるのか。それなら家にある娘のパソコンでやってみるかな。
カワチ:ちょっとは興味が沸いてきているようだな。ただ、18禁要素が含まれるから気を付けて。
──おい! それを先に言え!!
カワチ:いちおう、オプションで18禁シーンをオフにすることもできる。ただ、全裸は普通に出てくるので、そういう描写が苦手な人のための配慮ってところだな。ちなみにオフにすると裸の変わりにメロンとかウサギのCGが出てくるよ。これがピクピク動くのが、なかなかにシュールなのさ(笑)。
──うーむ、なぜにメロン?
カワチ:わからん(笑)。ただ、このゲームは海外のクリエイターが作っているから、センスが日本のそれとは少し異なる部分も多いんだ。たとえば文化祭の出し物が“みそ汁”だったりとか。
──そうなのか……。
カワチ:歴史をたどると、『かたわ少女』はもともと海外の掲示板「4chan」に、日本の同人サークルのイラストぺージがアップロードされたのがきっかけなんだ。そのアップされたイラストは本庄雷太(RAITA)氏が主宰する日本の同人サークル「絶対少女」の同人誌『Schuppen Harnische』の1ページで、「ヒロインが身体障害者」というコンセプトの架空の恋愛ゲーム『片輪少女』だった。このゲームを実際に作ってしまおうと掲示板が盛り上がり、とくにアクティブだったメンバーがワークグループ"Four Leaf Studios"を結成して、開発に着手したってわけだ。
──なるほど。ようするに同人誌をきっかけに海外で盛り上がって、ゲーム化されたということかな。
カワチ:障害者の登場するギャルゲーと言えば『ONE ~輝く季節へ~』という作品も有名だけど、それとはまったく関係ない。ちなみに、このワークグループが結成されたのが2007年で、完成版がリリースされたのが2012年。そして日本語版の完成版がリリースされたのは2015年だな。結構、壮大な話なんだ。
──日本語版が完成したのは、わりと最近じゃないか。
カワチ:ローカライズは有志のボランティアがやっていたからね。もしかしたら完全版がリリースしていたことを知らないユーザーも多いかもしれない。
──それで、どんな内容のゲームなんだ?
カワチ:説明しよう。ごく普通の高校生活を送っていた主人公・中井久夫(なかい ひさお)は、ガールフレンドの岩魚子(いわなこ)から告白される直前に心臓発作を起こして倒れてしまい、自分が心臓病を抱えたことを身を以って知るんだ。
──ちょっと待て。設定はともかく、ガールフレンドの名前がまたすごいな。
カワチ:そうだな(笑)。長い入院生活の末に退院した久夫は、障害者をサポートする特別支援学校「山久高校」に転校し、新たな生活を送ることになるのだが……というのがストーリーのオープニング部分さ。やはり最大の特徴は、主人公や彼が山久高校で出会うヒロインたちが、その身になんらかの障害を抱えているというところだろう。
──タイトル名から、ヒロインが障害を持っているのは想像できたが。主人公も心臓病とはね。
カワチ:ああ。主人公の久夫が、自分の障害をどう受け入れていくのかという部分が本作の大事なテーマになっている。ただ、本作において「身体障害」はあくまでひとつの要素でしかない。むしろ、プレイしていれば“人は障害によって定義付けられることなんてない”ということがよくわかるはずだ。たとえば、両手を失っている手塚琳(てづか りん)というヒロインがいるが、彼女のシナリオでは身体障害についてはほとんど主題にならない。「芸術家として生きること」「そもそも芸術とはなにか」という部分にこそ、重きが置かれているからな。
──そういうものなのか?
カワチ:ああ、あくまで障害はヒロインたちの“今”を形成するきっかけでしかない。ストーリーの主題は、健常者や障害者だなんて関係なく、誰もが抱えるような問題ばかりなんだ。ただ、たまにハッと気付かされることもあるけどね。
──気付かされること……たとえば?
カワチ:たとえば聴覚障害のある羽加道静音(はかみち しずね)のルートでは、親友のミーシャが手話と会話で主人公と静音の会話を翻訳してくれる。このときテキストウインドウはすべてミーシャの発言になっているため、“どこまでが静音の発言で、どこまでがミーシャの発言なのか”がすごく分かりにくいんだ。これは、聴覚障害によって生じるディスコミュニケーションの問題に踏み込んでいるといえるだろう。
──どうにも気になってきたよ。ほかにはどういう娘が登場するんだ?
カワチ:ひとりづつ解説しよう。まずは茨崎 笑美(いばらざき えみ)。彼女は事故により両脚の膝から下を切断する障害を負って、義足を着用している。とにかく元気な女の子で陸上部に参加している。
──義足で陸上部に所属しているのか?
カワチ:ああ、競技用の義足があるんだよ。オスカー・ピストリウスとか、テレビで見たことあるだろう?
──えっと、パラリンピックとオリンピックの両方に出ていた選手だよな。
カワチ:うむ。彼女のルートは攻略的にわかりやすいから、最初にプレイするのがいいかもしれないな。続いて紹介するヒロインは池沢華子(いけざわ はなこ)。幼い頃に火災で両親を失って、自身も右半身に重度の火傷を負っている。ほかのヒロインのように身体能力の障害はないけど心に大きなトラウマを負っているんだ。
──精神的に傷を背負っているわけか……それもまた重いな。
カワチ:ああ、とても繊細だから選択肢をひとつ間違えただけでもバッドエンドになってしまう。そして次のヒロイン、砂藤リリー(さとう リリー)。外国人のハーフで上品なお嬢様だ。先天性の盲目であるため、普段から杖を携えている。彼女は華子と仲がいいが、それは華子が自分の外見を人に見られるのが好きじゃないから、リリーが相手なら安心するという一面もあるから。それで、このリリーなんだが……。
──……な、なんだよ?(ゴクリ)
カワチ:……エッチシーンで主人公をリードしてくれるから、俺はすごく興奮した。
──知らんわ! そんなこと!!
カワチ:そ、そうだよな……すまん。ちょっとこのシリアスな空気に慣れないもので(苦笑)。じゃあ次のヒロインはさっきも紹介した手塚琳だ。先天性の障害と、それにともなう手術によって片腕を失っている。彼女は自らの肉体のことはまったく気にしていないんだが、火傷を負っている華子を美味しそうと表現するなど、ちょっと変わり者な部分がある。芸術家肌ってことかもしれないけど。
──ふーむ……。
カワチ:彼女のシナリオはとくかく哲学的で難解だ。しかし、それゆえにユーザーからの評判もいい。『かたわ少女』には各ヒロインルートに入る前にアニメーションが導入されるんだけど、琳のアニメはとくにクオリティが高いので必見といえる。
──フリーゲームなのにアニメまであるのか!
カワチ:ああ、どれもいい出来だよ。そして最後に、これまたさっき話題にあがった静音。彼女はクラス委員長で、押しが強い女の子だ。耳が聞こえず口も聞けないため、親友であるミーシャの手話音訳によってコミュニケーションすることになる。生真面目そうにみえてじつはユーモラスにあふれていたりして、かわいい娘なんだ。ただ、目が見えないリリーとはコミュニケーションがうまくいかず、そりが合わないようだけどな。
──なるほど、ヒロインたちの人となりはだいたいわかった。それで、お前ははなんでこのゲームを私に勧めたんだ?
カワチ:それはこれから話す華子のルートに詰まっているよ。キーワードは『かたわ少女』の公式サイトに掲載されているキャッチフレーズ「私が見えているもの、あなたにも見える?」だ。これは本来リリールートのキャッチコピーだが、『かたわ少女』全体のテーマであるとも言えるんだ。
──!?
■人は他人を気遣うことはできたとき、同じ景色を見ることができる
カワチ:図書室で華子と出会った主人公は、リリーも含めた3人でお茶会をしたりして交流を深めていくんだ。いっしょにチェスをしたり花火を見たりとどんどん仲良くなっていく。
──青春ってヤツだな。
カワチ:……ただ主人公は“廊下の黒っぽいタイルの上だけを踏んで歩いている”彼女に気付き、人はどれぐらい孤独だったら、こんな遊びを思い付くんだろうと考えるんだ……。
──コミュニケーションが苦手ってことか? 友達がいなかったんだろうな……。
カワチ:コンビニで会計が出来なかったりとかね。ものすごく引っ込み思案なんだ。
──そんな彼女は、どうして主人公には心を開いたんだ?
カワチ:リリーが言うには、最初に傷跡のことを尋ねなかったのが良かったみたい。華子は事故当時のことをなるべく思い出したくないんだよね。ただ、主人公の心臓病のことを偶然知った華子は、自分だけが彼のことを知っているのは悪いからと、自らの傷について話してくれるよ。そこで、彼女は幼いころに火事にあって、両親を亡くしていることが判明する。
──そ、そうなのか。
カワチ:ああ。その出来事もあってふたりの距離も縮まったように思えた……が、異変が起きてしまう。華子は自分の誕生日を前にして、学校を早退するようになってしまうんだ。
──学校を早退……身体の具合が悪いってことか?
カワチ:本来は物語の終盤で明らかにされるのだが……あえて説明しよう。彼女は周囲からいじめられていたにも関わらず、誕生日だけは大事な人間のように扱われることに苦痛を感じていたんだ。
──なるほど……そんなトラウマが。
カワチ:しかし今回の誕生日は、主人公とリリー、そして彼女の姉である晃と身内だけで楽しく過ごすことになる。
──なんだ、よかったじゃないか。
カワチ:ああ。しかし、またも事件が起きる。プレゼントを買ったお店に後日彼女と一緒にいったところ、店主が華子を奇異な目で見てしまうんだ。言葉には出さないけどな。
──そんな……。華子にとってはツラいな。
カワチ:それがきっかけで、華子は自室に引きこもってしまう。ちなみにここで無理やり外に連れ出すような選択肢を選んでしまうと、華子に決別されてバッドエンドになるから注意してほしい。かなり痛々しい内容だから、これを見てショックを受けたプレイヤーは少なくないだろう。
──待ってくれ。引きこもってしまったのなら、無理やりにでも外に出したほうが本人のためになるだろう。
カワチ:俺はこの作品を、「相手の側の視点に立てる人間」じゃないと本質が理解できないゲームだと思っている。あんたのように自分の意見だけを振りかざしているだけじゃ、一生クリアできないかもしれないぜ……。
──な、なんだと!? どういう意味だ。
カワチ:人は他人の考えていることを100%わかることなんてできない。しかし気遣うことはできるはずだ。このとき華子に必要なのは、無理に外に連れ出すことなのか?
──む、むぅ。
カワチ:華子は身体の傷が原因で、心にまで深い傷を負ってしまっているんだよ。内に引きこもってしまうのには、ちゃんと理由があるんだ。それを理解することなく、外に連れ出したところでなんの意味がある?
──そ、それはたしかに……。でも、だったら主人公はどうやって彼女の心を開くんだ?
カワチ:主人公は、今まで誰にも見せたことがなかった自らの傷をさらけ出すのさ。具体的には、心臓発作の手術で出来た傷を彼女に見せるんだ。それは華子と痛みを分かち合うだけでなく、過去のことを受け入れて前に進むことができるということを、自分自身に証明するためでもあったんだ。そんな主人公の心意気に触れて、華子も変わることを決心する。彼女の心の枷が、ようやく外せる時が来たわけだな。
──……なるほどな。
カワチ:俺の言いたいことがわかったかい? あんたも少しは新入社員の気持ちになってみてくれってことだよ。やりたくもない一発芸をやらされる側の気持ちにな。
──そういえばわたしも、新人の頃は一発芸なんてやりたくなかったんだよな。それでも強要されて金粉ショーをやって、皮膚呼吸ができずに救急車まで呼ばれてしまって……。つらい思い出だ。
カワチ:えぇぇ!? そ、それは大変だな……。
──そんな自分自身でも嫌になるような思いを、部下に強いてしまっていたわけか。それを拒否されて怒りを覚えるというのも理不尽というか、いろいろ見失っていたようだな。
カワチ:人間関係なんていうものは、まずは相手の気持ちを理解するところから始まるものだろう? それはゲームの世界だけでなく、この現実世界でも変わらない。
──ああ、身に染みたよ。『かたわ少女』か……ぜひ自分でもプレイしてみないとな。マスター、ありがとう。今日はもう帰ることにするよ。
カワチ:おう。また来てくれよな。